227: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:55:25.49 ID:29A0yJOO0
俺は、俺はどうすればいいのだろうか。
勢いで千反田に泊まっていけ等と言った物の、どうにも落ち着かない。
奉太郎(何をやってるんだか……)
第一に、風邪を移してしまう可能性もあるだろう。
そんな事をしてしまったら本末転倒ではないか。
あいつは、あいつの性格からしたら……
これでも1年と少しの間、千反田と過ごしている。
一緒に居た時間もそれなりにはある。
そこから予想できる、次の千反田の行動は。
恐らく、風呂を出た後はこの部屋に一度やってくるだろう。
その時、俺はどんな顔をすればいいのだろうか。
全くもって、面倒な事になってしまった。
普段の俺なら、絶対に泊まっていけ等と言う筈が無いのに。
どうやら大分、風邪のせいで思考は弱くなっているらしい。
しかし今考えなければいけないのは、次に千反田が部屋に来た時どうするか? だ。
『 奉太郎「古典部の日常」 目次 』引用元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346934630/
228: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:56:01.12 ID:29A0yJOO0
奉太郎(寝た振りでもしてしまおうか)
生憎だが、眠気は吹っ飛んでしまっている。
振りならば可能と言えば可能だが、そこまでする必要はあるのか……?
奉太郎(普通に接するか)
普通に接する……?
普通とは、どんな感じだったっけか。
ううん……
奉太郎(千反田、お風呂出たんだ。 じゃあ次は僕が入ろうかな?)
あれ、俺ってこんなキャラだっけ?
違う違う。
奉太郎(ちーちゃん、お風呂気持ちよかった? 私も入って来ようかな)
これは伊原だろう!
奉太郎(千反田さん、お風呂あがったんだね。 そう言えば、人間の体を温めた時に起きる作用なんだけど)
これは里志。
半ば半分ふざけて思考遊びをしていた時に、来てしまった……奴が。
229: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:56:32.01 ID:29A0yJOO0
える「あれ、起きていたんですね」
える「お風呂、ありがとうございます」
奉太郎「あ、ああ」
そう言いながら、千反田に目を向け、ぎょっとする。
この服は、姉貴のだろうか。
姉貴は意外にも身長があるし、体格も女の割りには結構がっちりとしている。
かと言ってスタイルが悪いと言う訳でもない。
そんな姉貴の服を千反田が着ると、どうなるかというと……
ぶかぶかだ。
それだけなら、まだいい。
余りこういうのは言いたくは無いのだが……
つまり、胸元が、見える。
える「折木さん、大丈夫ですか?」
える「顔が真っ赤ですけど……また熱でも上がったのでしょうか……」
230: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:57:08.74 ID:29A0yJOO0
奉太郎(ち、近い)
それをこいつは自覚しないから始末に終えない。
本当に、言いたくないが……このままでは風邪どころか神経を使いすぎて倒れかねない。
奉太郎「ち、千反田」
える「はい、どうかしましたか?」
奉太郎「その、その服だと、目のやり場に困るから、何か下に一枚着てくれると助かる」
える「え、あ! す、すいません!!」
がばっ!と胸元を隠す。
この際なら、なんでもいいだろう。
部屋にある引き出しから、手頃なシャツを一枚千反田に渡す。
奉太郎「これは俺のだが、着てくれると助かる」
える「は、はい! ありがとうございます!」
千反田もようやく気付いた様で、慌てっぷりは中々の見物だ。
そしてそのまま姉貴の服に手を掛けると……
231: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:57:51.90 ID:29A0yJOO0
奉太郎「お、おい! 外で着替えろ馬鹿!」
全く、全く全く。
千反田は顔を真っ赤にして、部屋から出て行った。
奉太郎(疲れる……本当に疲れるぞ、これ)
どうにも千反田は、天然と言えばいいのだろうか?
所々抜けており、言われるまで分かっていない節がある。
それを一個一個指摘するのは、大変な労力なのだ。
ほんの2、3分だろうか、千反田が再び部屋に戻ってきた。
える「あ、折木さん、本当にす、すいません」
奉太郎「……もういい」
話を変えよう、気まず過ぎて窓から飛び出したい気分になってしまう。
奉太郎「それより、布団を出しに行こう」
奉太郎「さすがにソファーで寝ろとは言えんからな」
そして、再びこのお嬢様は俺に疲れをもたらせる。
える「あれ、一緒のベッドで寝ないんですか?」
奉太郎「寝る訳あるか!」
232: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:58:32.26 ID:29A0yJOO0
俺は……俺の言葉を恨む。
泊まっていけなど、口が裂けても言うべきでは無かった。
奉太郎「……大体、俺は風邪を引いてるんだぞ」
奉太郎「移ったらどうするんだ」
える「私は大丈夫ですよ! うがいと手洗いには気を使って居ますので」
奉太郎(そういう問題では無いだろ)
しかし、飛びっきりの笑顔で言われては俺も参ってしまう。
奉太郎「そうか、でもとりあえずは別々で寝よう」
手段は、強行突破。
える「……そうですか、少し残念ですが、分かりました」
奉太郎(はぁぁ)
どうにも熱が上がってしまいそうで、本当に千反田はお見舞いに来たのだろうか? 等と思ってしまう。
だが納得してくれたのなら引っ張る必要も無いだろう。
そのまま別の部屋に移り、布団を引っ張り出す。
233: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:59:34.79 ID:29A0yJOO0
一応は客室となっている為、そこに布団を敷こうとしたが……
える「あの、折木さんの部屋に敷かないのですか?」
こいつはそろそろわざとやっているんじゃないか? と疑ってしまう。
仕方ない、はっきりと言おう。
奉太郎「あのな、千反田」
える「はい、なんでしょう」
奉太郎「俺は男で、お前は女だ」
える「ええ、そうですね」
奉太郎「男と女が一緒の部屋で寝るのは……その、余り良くないだろう」
える「確かに、分かります」
ん? 分かるのか。
奉太郎「だったら」
える「でも私、折木さんの事を信用していますから」
ああ、そう言う事か。
こいつは俺の事を信じているから、一緒のベッドで寝てもいいし、一緒の部屋で寝てもいい、というのか。
今までのこいつの態度の原因が、少しだけ分かった気がした。
信じていなかったのは、俺の方なのだろうか。
ここまで言われては、無下にするのも気が引けてしまう。
奉太郎「……分かった」
奉太郎「俺の部屋に布団は敷く、だけど風邪が移っても知らんぞ」
234: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:00:20.60 ID:29A0yJOO0
える「はい! ありがとうございます、折木さん」
やっぱり、泊めるべきでは無かった。
どうやら今年一番の失敗は、これになりそうだな。
渋々布団を抱え、自室に戻る。
床に落ちている物を適当に足でどけると、そこに布団を敷いた。
すると千反田はとても満足そうな顔をしていた。
俺は、とても不満足な顔をした。
える「ふふ、折木さんと、お話したかったんです」
奉太郎(一応病人だぞ、俺)
でも、千反田と話していると何故か元気が出てくるのは自分でも分かっていた。
奉太郎(ま、少しくらい付き合ってやるか)
える「今日の事で、お話しようと思っていて」
今までの少し楽しんでいた千反田とは違い、一転空気が引き締まるのを感じた。
今日の事か、どうせ後で話すことになるんだ、今でもいいだろう。
奉太郎「俺も、その事は話さないといけないと思っていた」
235: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:01:08.08 ID:29A0yJOO0
える「そうでしたか、ではお話しますね」
千反田は一呼吸置くと、続けた。
える「本当に、折木さんには感謝しています」
える「私一人では多分、摩耶花さんと話し合いをしていたのかも分かりません」
える「福部さんとも、お話はとても出来ると思っていませんでした」
える「正直に、言いますね」
また一段と、空気が重くなる。
える「最初、摩耶花さんが帰った後」
える「一番怖かったのは、折木さんに嫌われるという事でした」
える「今まで少し、頼り過ぎていたのでしょう」
える「折木さんがすぐに戻ると言ってくれた時、ちょっとだけ安心できたのも覚えています」
覚えていたのか、俺は……くそ。
236: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:01:39.05 ID:29A0yJOO0
える「それから1時間程は、足に力も入らず、ただ呆然としていました」
える「外が暗くなってきて、ようやく立てる様になったんです」
える「今までで一番、体が重く感じました」
える「家に帰る道も、とても長く感じました」
俺がもし覚えていたら、千反田はこんな思いをしないで済んだのでは?
一緒に帰っていれば、そんな思いをさせずに済んだかもしれない。
える「それでようやく家に着いて、これからどうしようか考えていたんです」
える「気付くと電話機の前に居て、掛けようとした先は……折木さんの所です」
える「ですが、電話を取れませんでした」
える「……また、折木さんに甘えていると思ったからです」
237: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:02:11.09 ID:29A0yJOO0
それでか、それで千反田はすぐに電話に出たのか。
たまたま前に居たんじゃない、俺に電話を掛けようとしていて……電話機の前に居たんだ。
える「しかし、そんな時に電話が鳴ったんです」
える「お相手は、折木さんでした」
える「私は、その時とても嬉しくて、嬉しくて」
える「そこからは、折木さんの知っている通りです」
える「これは私の気持ちですが、知って貰いたかったんです」
さっき、俺はこう言った。
どうやら今年一番の失敗は、これになりそうだな。と。
そんな事は無い。
さっきまでの俺は……とんだ馬鹿野郎だ。
238: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:04:01.47 ID:29A0yJOO0
奉太郎「千反田……」
奉太郎「俺の話を、聞いてくれるか」
千反田の方に顔を向けると、返事代わりに笑顔を一つ、俺の方へ向けた。
奉太郎「俺は、最初の一瞬……お前が言ったのかと思った」
奉太郎「けど、すぐにそれは違う事が分かった」
奉太郎「まずは謝る、ごめん」
千反田は何か言うかと思ったが、どうやら俺の話が終わるまでは話す気はないらしい。
奉太郎「自分で言うのもなんだが」
奉太郎「俺は怒るって事や、他の事もだが……あまりしない」
奉太郎「疲れるし、な」
少し、少しだけ千反田が笑った気がする。
奉太郎「だが千反田に経緯を教えてもらったとき」
奉太郎「俺は多分、怒っていた」
奉太郎「多分って言うのも変だがな、あんな感情は初めてだった」
奉太郎「怒りを通り越していたのかも知れない」
奉太郎「勿論、千反田に対してじゃない」
奉太郎「千反田に嘘……その言葉の意味を教えた奴に、だ」
239: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:04:29.66 ID:29A0yJOO0
奉太郎「千反田……」
奉太郎「俺の話を、聞いてくれるか」
千反田の方に顔を向けると、返事代わりに笑顔を一つ、俺の方へ向けた。
奉太郎「俺は、最初の一瞬……お前が言ったのかと思った」
奉太郎「けど、すぐにそれは違う事が分かった」
奉太郎「まずは謝る、ごめん」
千反田は何か言うかと思ったが、どうやら俺の話が終わるまでは話す気はないらしい。
奉太郎「自分で言うのもなんだが」
奉太郎「俺は怒るって事や、他の事もだが……あまりしない」
奉太郎「疲れるし、な」
少し、少しだけ千反田が笑った気がする。
奉太郎「だが千反田に経緯を教えてもらったとき」
奉太郎「俺は多分、怒っていた」
奉太郎「多分って言うのも変だがな、あんな感情は初めてだった」
奉太郎「怒りを通り越していたのかも知れない」
奉太郎「勿論、千反田に対してじゃない」
奉太郎「千反田に嘘……その言葉の意味を教えた奴に、だ」
240: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:05:34.74 ID:29A0yJOO0
奉太郎「それから図書室に行って、里志と話をした」
奉太郎「里志に少し、事情を話して……大分落ち着いたのを覚えている」
奉太郎「そして次に、俺は」
言っていいのか? 俺のした事を。
本当に、言っていいのだろうか?
それは千反田には、言ってはいけない内容だ。
けど、俺は……千反田の気持ちを全然理解していなかった。
もしかすると、自分の為に動いていたのかもしれない。
正体不明の感情を、消す為に。
奉太郎「……俺は!」
える「折木さん」
241: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:06:12.26 ID:29A0yJOO0
会話を、千反田が止めた。
える「もう、いいですよ」
える「折木さんの気持ちは、私に伝わりました」
奉太郎「そう、か」
える「先ほど、こう言いましたよね」
える「自分を責めるのはやめろ、と」
える「それは、折木さんにも言える事ですよ」
そう、だろうか?
俺は……自分を責めているのだろうか?
……そうかもしれない。
える「私は、何回も救われています」
える「氷菓の時も、入須先輩の時も、文化祭の時も、生き雛祭りの時も、今回の事も」
える「だから、たまには……折木さんの事を、助けたいんです」
える「でもやっぱり、私じゃとても役不足みたいです、ね」
える「今日も、迷惑を掛けてしまいましたし……」
250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/12(水) 18:18:30.26 ID:tCcLIQzro
役不足とは、人物の力量に対して役割の内容が足りず勿体無いないことを表す。
よって、人物側の力量が役目を担うに値しない場合は、単に力不足、或は力が及ばないと表現する。
242: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:06:53.86 ID:29A0yJOO0
そうか、こいつはそれでわざわざ飯を作るだのしていたのか。
少しでも俺の、手助けになれるようにと。
俺は天井を見つめながら、言った。
奉太郎「今日は、随分と楽をできたな」
奉太郎「具合が悪い所に友達がお見舞いに来てくれたし」
奉太郎「うまい飯も食えた」
奉太郎「お陰で大分、楽になってきたな」
自分でも、演技っぽいのは分かっていた。
だが、言わずにはいられなかった。
奉太郎「そういう訳だ、千反田、ありがとう」
える「で、ですが」
奉太郎「ありがとう、千反田」
強引だっただろうか?
しかし俺には、これしか思いつかなかった。
える「……はい」
える「どういたしまして、折木さん」
ま、少しは分かってくれたか。
243: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:07:27.41 ID:29A0yJOO0
奉太郎「もう0時近いな、そろそろ寝るか?」
える「そうですね、電気消しますね」
そう言い、千反田が電気を消した。
える「おやすみなさい」
小さいが、俺の耳には確かに聞こえていた。
奉太郎「ああ、おやすみ」
今日は多分、長い夢を見る事になりそうだ。
244: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:07:56.15 ID:29A0yJOO0
~翌朝~
雀だろうか、鳴き声が騒がしい。
風邪は大分良くなったようだ。
千反田のおかげ、と言うのも勿論あるだろう。
奉太郎(喉が渇いたな)
部屋ではまだ千反田が寝息を立てている。
どうやらこいつも、昨日は随分と疲れた様子だ。
起こさない様に、そっと部屋を出た。
部屋を出たところで、一度立ち止まる。
部屋の中には千反田、ドアは開いているが不思議と少しの距離感を感じた。
奉太郎「……お疲れ様、ゆっくり休め」
聞こえては、いないだろう。
俺はゆっくりとドアを閉めた。
245: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:08:30.19 ID:29A0yJOO0
そのままリビングに行き、水を飲む。
朝飯は……いいか、面倒だし。
奉太郎(コーヒーでも飲むか)
コーヒーを一杯淹れ、ソファーに座る。
テレビをつけると、丁度昼前のバラエティ番組がやっていた。
頭に入れることは無く、ただ画面を見つめる。
奉太郎(この分なら学校に行けたかもな)
嘘ではない。
昨日までのダルさは無く、ほとんどいつもの調子だ。
奉太郎(ん?)
奉太郎(テレビ……)
神山高校は、普通の学校である。
普通と言うのはつまり、平日は普通に授業を行っている。
俺は今日休みだが、昨日の内に連絡は入れてあった。
しかし、部屋にはあいつがいるではないか。
奉太郎(あいつ学校は!?)
246: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:08:59.02 ID:29A0yJOO0
そう思い、自室へと急いで戻った。
ドアを開けると、そこには相変わらず熟睡している千反田の姿がある。
える「……すぅ……すぅ」
呑気に寝息を立てている千反田を見て、ちょっと起こす気が引けるが仕方ない。
奉太郎「おい、千反田」
奉太郎「起きろ」
そこまで声は出していないつもりだったが、千反田はすぐに起きた。
える「……折木さんですか? おはようございます」
目を擦りながら、朝の挨拶をしている。
奉太郎「ああ、おはよう」
奉太郎「今何時だと思う?」
える「……えっと、今? でしょうか」
える「時計が無いので、わからないです」
奉太郎「12時前だ、学校大丈夫なのか?」
247: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:10:06.67 ID:29A0yJOO0
大丈夫な訳は、無いだろう。
える「あ、学校?」
える「ええっと、折木さん」
える「今は、何時でしょうか?」
俺は大きく溜息を吐きながら、もう一度時間を教えた。
奉太郎「正確に言うと、11時ちょっとだ、昼のな」
える「ち、遅刻です!!」
もはや遅刻という問題では無い気がするが……
がばっと起きるというのは、こういう事を言うのだろう。
千反田はがばっと起きると、何からしたらいいのか分からないのか、部屋の中をぐるぐると回っている。
奉太郎「とりあえず、学校に連絡だ」
やらなければいけない事なら、手短に。
248: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:10:37.96 ID:29A0yJOO0
既に持っていた子機を、千反田に渡す。
携帯は俺も千反田も持っていないのだ、仕方あるまい。
える「あ、ありがとうございます!」
そう言うと千反田は暗記しているのか、迷い無くボタンを押し、電話を掛けた。
える「もしもし、2年H組の千反田えるです」
える「連絡が遅くなり申し訳ありません」
える「ええ、少し……」
俺はこいつの事は真面目な奴だとは思っていた。
少なくとも、この時までは。
える「体調が悪くて……休ませて頂いてもよろしいですか?」
奉太郎「お、おい!」
そう声を発したか発する前か、千反田は空いている手で俺の口を塞いできた。
249: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:11:20.70 ID:29A0yJOO0
える「はい、ありがとうございます」
える「ええ、それでは」
ようやく、俺の口から手が離される。
奉太郎「どういうつもりだ」
える「えへへ、ずる休みしちゃいました」
とんだ優等生が居た物だ、本当に。
える「そんな事よりですね」
奉太郎(そんな事で終わらせていいのか?)
える「折木さん、具合は大丈夫ですか?」
奉太郎「まあ、かなり良くなったな」
える「そうですか、それならよかったです」
える「本当に、無理はしていませんよね?」
なんだろう、くどいな。
奉太郎「少し体を動かしたいくらい元気だが……」
える「そうですか!」
える「それなら、ですね!」
奉太郎「な、なんだ」
千反田がこういう雰囲気になる時は、何か嫌な予感しかしない。
251: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:24:05.10 ID:29A0yJOO0
える「お出かけしましょう!」
奉太郎「どこに? と言うかだな」
奉太郎「学校、休んで行くのか」
える「見つからなければ大丈夫です!」
いつもの千反田とは、ちょっと違うか?
ま、いいか。
どうせする事も無い。
奉太郎「分かった、見つからない様にな」
奉太郎「それで、どこに行くんだ?」
える「水族館です!!」
252: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:25:34.12 ID:29A0yJOO0
~水族館~
何故、平日の昼過ぎに俺は水族館に居るのだろうか?
勿論客はまばらにしかいない、平日だから。
受付の人は少しばかり不審がっていた、平日だから。
俺たちと同年代の人は周りにほとんどいない、無論……平日だから。
奉太郎「それで、なんで水族館なんだ」
える「神山市の水族館は日本でもかなりの大きさと聞いていたので」
える「来てみたかったんですよ……わぁ、かわいいですね」
小さな魚を見て、千反田が言った。
いや、むしろだな。
奉太郎(なんでこいつは制服で来ているんだ)
それがより一層、不審人物を見るような目を集めていることは言うまでもない。
える「あ、折木さん」
奉太郎「ん、なんだ」
える「イルカのショーがあるみたいですよ、気になります!」
253: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:26:15.94 ID:29A0yJOO0
奉太郎「……そうか、じゃあ行くか」
千反田の気になりますも、随分と久しぶりに聞いた気がした。
最近は何かと忙しかったからな、仕方無いだろう。
そして、イルカのショーを見に来た訳だが……
隣同士で座っているのに、イルカはどうやら俺の方に恨みでもあるらしい。
さっきから俺だけ何度も水を掛けられている。
奉太郎(冷たい……)
入り口で雨具を貸し出していたので、服は濡れなくて済むのだが。
える「わ、わ、可愛いですねぇ」
どうやら千反田はかなりの上機嫌の様だった。
しかし何故、俺だけこうも水を掛けられるのだろうか?
数えているだけで5回。
あ、丁度6回目。
254: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:26:55.48 ID:29A0yJOO0
える「ふふ、折木さん気に入られてるんですね、羨ましいです!」
さいで。
回数が10回を越えた辺りで、ようやくショーは終わった。
千反田はと言うと、イルカを触りに行っている。
える「おーれーきーさーんー!」
こっちに手を振っている、周りの視線が痛い。
える「かわいいですよー!」
分かった、分かったからやめてくれ。
える「おーれーきーさーんー!」
イルカは恐ろしいと思った、狙って俺に水を掛けてくるから。
だが千反田も狙って俺に手を振ってくる。
奉太郎(恐ろしい所だ、水族館)
255: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:27:32.71 ID:29A0yJOO0
その後はほとんど千反田に引っぱられ、水族館を見て回った。
エスカレーターに乗ったとき、全面ガラスで魚が泳いでいたのには驚いたが……
千反田はその光景に、言葉を失っていた。
目がいつもより一段と大きくなっていたので、すぐに分かる。
そして今は水族館内で、昼飯と言った所だ。
える「すごいですねぇ、来て良かったです」
奉太郎「ま、そうだな……イルカは納得できんが」
える「折木さん、随分気に入られていたみたいでしたね」
奉太郎「イルカに気に入られてもなんも嬉しくは無い」
える「そうですか……少し、羨ましかったです」
奉太郎「俺は千反田が羨ましかったけどな」
える「ふふ、あ、今度は小さいお魚が居る所に行きませんか?」
しかし、元気だなぁ。
奉太郎「そうだな、行くか」
256: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:28:31.23 ID:29A0yJOO0
奉太郎「にしても、千反田は水族館、初めてか?」
える「はい! テレビ等で見て行きたいと思っていたんです」
やっぱりか、通りで見るもの全てに目を輝かせている訳だ。
そろそろ帰ろうか、と切り出そうとしていたが……もう少し居てもバチは当たらないだろう。
奉太郎「じゃ、あっち側だな、小さい魚は」
える「はい、次はどんなお魚が居るんでしょうか……気になります!」
257: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:29:02.95 ID:29A0yJOO0
える「わぁ……ヒトデですね、触れるみたいですよ」
通路の脇に設置されている水槽には、ヒトデが何匹も入っていた。
える「可愛いですねぇ……」
奉太郎(可愛い? これがか……?)
える「あ! あっちにはクラゲも居るみたいですよ」
クラゲの水槽までとことこと小走りで行くと、千反田はクラゲを見つめながら言った。
える「知っていますか、折木さん」
奉太郎「ん?」
える「酢の物にすると、おつまみにいいんですよ」
奉太郎(今その話をするのか……クラゲの目の前で)
奉太郎(哀れ、クラゲ達)
える「どうしたんですか? そんな悲しそうな目をして」
奉太郎「いや、なんでもない」
258: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:29:55.08 ID:29A0yJOO0
それからは本当に隅々まで回った。
千反田はと言うと、相変わらず見る度に感動している。
える「タコもいるんですね! すごいです!」
……やはり俺と千反田では、受け取り方が違う。
確かに面白いが……ここまでの感動は俺には無い。
千反田は何にでも興味を示す、それは恐らく……家の事が関係しているのであろう。
外の世界を知識として蓄えたい、そう言った物が千反田にはあるのかもしれない。
水族館を出た頃には、すっかり夕方となっていた。
帰り道、千反田と会話をしながら自転車を漕ぐ。
259: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:30:40.29 ID:29A0yJOO0
える「折木さん、今日はありがとうございました」
奉太郎「家に居ても暇だったしな、これくらいならいつでもいいぞ」
える「はい……ありがとうございます」
える「今度は皆さんで、どこかに行きたいですね」
える「行きたい場所が、沢山あります……」
ふいに、千反田が自転車を止めた。
奉太郎「どうした?」
える「あの、折木さん」
千反田の顔はいつに無く真剣で、真っ直ぐに俺を見ていた。
える「私、今日はとても嬉しかったです」
える「やっぱり、折木さんといると楽しいです」
える「すいません急に、行きましょうか」
ふむ、千反田も色々と思うところがあるのだろうか?
える「……時間も、無いので」
その最後の言葉は、急に強くなった風に消され、俺には届いていなかった。
第8話
おわり
260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/12(水) 18:32:02.87 ID:uPPn+AHZo
乙
なんだ、時間ないって…
途中で誰かも言ってたけど役不足は気になったかな
261: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:33:36.38 ID:29A0yJOO0
以上で第8話、終わりです。
>>250
補足ありがとうございます。
脳内補完でお願いします(囁き声)
次回は9話、9,5話の投下となります。
日程が決まり次第ご連絡します。
丁度そこで一章は終わりとなるので、なるべく早めに投下できるようにします。
それでは、失礼します。
263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) 2012/09/12(水) 20:06:35.75 ID:6UZfyT2yo
くらげ、うちはポン酢で食べるなあ
乙です
264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) 2012/09/12(水) 20:08:14.43 ID:fnIDjb/yo
クラゲゼリー美味いよ
265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/12(水) 20:51:30.72 ID:41zU3bO8o
おつー
267: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 01:28:49.87 ID:/Ae6cKxc0
こんばんは。
明日中には投下できそうなので(明日というか今日)昼か夜かは分かりませんが、第9話、9.5話を投下します。
乙ありがとうございます。
クラゲポン酢おいしいですよね。
クラゲゼリーって何だろうと思ってぐぐったら、クラゲジュースやらクラゲアイスクリームやら出てきた……
以下クラゲスレとなります。
268: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/13(木) 01:59:46.67 ID:balBpW1no
クラムボンかと思った
かぷかぷ
269: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:10:33.24 ID:oWSK7tDW0
おはようございます。
昼×
夜×
朝○
第9話、9,5話、投下致します。
270: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:11:22.66 ID:oWSK7tDW0
千反田とは、一度俺の家に行くことになっていた。
それで水族館から1時間程自転車を漕いで帰ったのだが……
里志「おかえり、ホータロー」
なんで、家の前にこいつが居るのだろうか。
いや、里志だけではない。
摩耶花「どこに行ってたのよ」
伊原もだ。
える「え、ええっと」
奉太郎「なんでお前らが俺の家の前に居るんだ」
すると伊原が盛大な溜息をつき、ひと言。
摩耶花「ちーちゃんが休みって聞いたから、折木の風邪が移ったと思って来たんじゃない!」
摩耶花「ちーちゃんの家に行っても居ないし……」
摩耶花「折木の家に来ても誰も居ないし!」
摩耶花「一体どこに行ってたのよ」
あ、ひと言ではなかった。
というか、なるほど。
千反田が心配でまずは千反田の家に行ったが誰もおらず。
その後、俺の家に里志と伊原で来たが……そこにも誰も居なかった。
どうしようかと呆然としているところに俺と千反田が戻ってきたと言う訳だ。
解決解決。
271: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:11:52.60 ID:oWSK7tDW0
える「あ、あのですね。 摩耶花さん」
える「今度、動物園に行きましょう!」
いや、解決する訳がなかった。
摩耶花「え? 動物園?」
摩耶花「ごめん、ちょっと意味が……」
ま、そうだろうな。
そして里志が少し考える素振りをしてから、口を開く。
里志「大体分かったかな」
里志「つまりホータローと千反田さんは遊びに行ってたって訳だ」
里志「二人とも学校を休んでね」
こいつも随分と勘が冴えるようになってきたな……
悔しいが、当たっている。
奉太郎「まあ……そうなるな」
摩耶花「折木が無理やり連れ出したんじゃないの?」
こいつは、よくもこう失礼な事を言える物だ。
える「ち、ちがいます! 私が水族館に行きたいと言ってですね……」
272: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:12:35.50 ID:oWSK7tDW0
摩耶花「水族館ー!?」
里志「あのホータローがよく一緒に行ってくれたね」
里志「僕はどっちかというと、そっちの方が驚きかな」
奉太郎「ずっと寝てたからな、体を動かしたくなったんだ」
摩耶花「折木、やっぱりまだ熱あるでしょ……あんたが自分で動きたいなんておかしいよ」
……そこまで俺は動かない奴だっただろうか?
里志「まあまあ」
里志「確かにそれは気になるけどね……でも千反田さんも風邪じゃ無かったし」
里志「ホータローも元気になったってことでよかったんじゃないかな?」
そう言うと、里志は俺の方を向き、いたずらに笑った。
……里志、少し感謝しておくぞ。
とりあえずこれで一安心といった所か。
摩耶花「まあ……ちーちゃんが無事ならいっか」
273: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:13:06.80 ID:oWSK7tDW0
える「動物園に行きましょう!」
いや、まだだ。
こいつが居た。
摩耶花「ちーちゃん、どういうこと?」
える「今日、水族館に行ってですね」
える「是非、動物園にも行ってみたいと思ったんです!」
さいで。
里志「ははは、いいんじゃないかな?」
える「そう思いますか、福部さん! 」
摩耶花「そうね、私もちょっと行ってみたいかな」
える「摩耶花さん!」
里志と伊原は承諾してしまった。
……俺の方を見ないで欲しい。
奉太郎「……分かった、今度行こう」
274: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:13:57.14 ID:oWSK7tDW0
結局は、こうなってしまう。
最近ではほとんど諦めに近い感じとなってきているが……ま、いいか。
える「良かったです、楽しみにしていますね」
最悪の展開は避けられたし、良しとしよう。
つまり、俺が言う最悪の展開とは、千反田が俺の家に泊まったという事が伊原と里志にばれると言う事だ。
そんな事がばれてしまったら、俺はこれからずっと風邪で学校を休むことになりそうである。
奉太郎「よし、じゃあ今日は帰るか」
里志「そうだね、そろそろ日が落ちて来ているし」
摩耶花「うん、じゃあ予定とかは明日の放課後に決めようか?」
える「はい! では明日の放課後に部室に集合で」
奉太郎「ああ、それじゃあまたな」
油断していた。
釘を……刺しておくべきだった。
275: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:14:42.94 ID:oWSK7tDW0
ドアに手を掛ける、後ろにはまだ千反田、伊原、里志が居る。
俺は振り返り、手を挙げ別れの挨拶をした。
千反田の口が動いているのが分かった、何を言おうとしている?
さようなら? とは違う。
口が「お」の形になる。
お……お……
これは、風邪を引くことになりそうだ。
える「折木さん! また泊まりに行きますね!」
伊原と里志が千反田の方を向く、ついで伊原の叫び声。
摩耶花「お!れ!きー!」
ドアを閉めよう、俺は知らん。
鍵を掛け、チェーンを掛けると俺は外から聞こえる叫び声に震えながら、静かにコーヒーを淹れるのであった。
そして、ようやく外が静かになった頃、家の電話が鳴り響いた。
276: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:15:14.52 ID:oWSK7tDW0
この番号は……里志か。
奉太郎「里志か、どうした」
里志「いきなりそれかい? ホータロー」
里志「僕が摩耶花をなだめるのに使った労力をなんだと思っているんだ」
奉太郎「おー、それはすまなかったな」
里志「……ま、いいさ」
里志「それより少しは説明してくれると思って電話したんだけど」
里志「どうかな?」
奉太郎「今、近くにあいつらは?」
里志「んや、いないよ」
里志「家の方向が違うからね、なだめた後は別れた」
奉太郎「そうか」
里志「それで、話してくれるのかい?」
奉太郎「……少しだけな」
こうなってしまっては仕方ない、別にやましい事をした訳でもあるまいし。
277: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:15:46.12 ID:oWSK7tDW0
奉太郎「俺は別に、無理やり泊まらせた訳ではない」
里志「だろうね、ホータローがそんな事をするとは思えない」
里志「何か、理由があったのかい?」
奉太郎「理由、か」
奉太郎「あるにはあった」
里志「へえ、どんな?」
奉太郎「色々世話になってな、夜遅くになってしまっていたんだ」
奉太郎「そんな中、帰す訳にはいかなかった」
奉太郎「かと言って、無理に泊まれって言った訳じゃないからな」
里志「ふうん、それは意外だなぁ」
奉太郎「意外? 無理に泊まらせなかったのがか?」
278: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:16:18.49 ID:oWSK7tDW0
里志「いや、違うよ」
里志「あのホータローがそれだけの理由で泊まらせたってのが意外だと思ったんだ」
奉太郎「……何が言いたい」
里志「やっぱり変わったよ、ホータローは」
奉太郎「それは……少し自分でも分かっている」
里志「自覚があったのか、前のホータローなら」
奉太郎「絶対に千反田を泊めていなかった、だろうな」
里志「そう、その通りだよ」
奉太郎「それで、結局お前は何が言いたいんだ」
奉太郎「前の俺の方が良かった、か?」
里志「いや? 今のホータローも充分良いと思うよ」
里志「ただ、ね」
里志「今のホータローは、ちょっと見ていて辛いんだ」
奉太郎「は? 意味が分からんぞ」
里志「……いや、なんでもない」
里志「まあ、事情が聞けて安心したよ! それじゃあ僕はこれで」
奉太郎「お、おい!」
……切られた。
279: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:16:49.66 ID:oWSK7tDW0
なんなんだあいつは、俺を見ていて辛いだのなんだの。
客観的に見ても、昔の俺よりは幾分かマシだろう。
そのマシの判断基準になる物はなんなのかは分からないが、一般的に見て、という事にしておく。
あいつの言っている事は、時々意味が無いこともあるし、大して相手にしないのだが……少し気になるな。
気になる、か。
俺にも千反田が乗り移り始めているのかも知れない。
あまり頭を使うと、熱がぶり返して来そうだ。
明日は……行くしかないだろうなぁ。
里志がなだめたと言っていたので、多少は安心できるが……
ううむ、今から寒気がするぞ。
いや、決めた。
男には腹を括らねばならない時がある物だ。
それが今なのか? という疑問は置いといて、とりあえず頑張ろう。
さて、明日はなんて言い訳をしようか、と思いながら残りの時間は消費されていった。
280: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:17:30.27 ID:oWSK7tDW0
~翌朝~
今日の作戦はこうだ。
まず、朝は伊原をなんとか回避する。
できれば千反田も回避した方がいいだろう。
なんせ、セットでいる可能性が高い。
そして放課後は、里志と一緒に部室に行く。
以上、作戦終わり。
奉太郎(はあ……行くか)
朝から気分が悪いな、全く。
放課後までは生きていたい、俺にも生存本能はある。
いつもの場所で、里志を見つけた。
奉太郎「おはよう」
里志「おはよ、ホータロー」
奉太郎「昨日はすまんな、伊原の事」
里志「なんだい、そんな事か」
里志「構わないさ、摩耶花をなだめるのも慣れてきたしね」
奉太郎「そうか、じゃあ一つ頼みがあるんだが」
里志「ホータローが? 珍しいね」
281: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:18:02.84 ID:oWSK7tDW0
奉太郎「今日一緒に部室に行ってくれないか?」
里志「うーん、生憎そういう趣味はないんだけどね」
奉太郎「……里志」
里志「ジョークだよ、でも一緒にはいけないかなぁ」
里志「今日は委員会があるからちょっと遅れそうなんだ」
早くも、作戦は失敗に終わってしまった。
奉太郎(仕方ない、千反田と行くしかないか)
奉太郎(伊原と二人っきりだけは、避けたいしな)
282: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:18:32.04 ID:oWSK7tDW0
~放課後~
まずは、千反田と合流しよう。
ちなみに、俺はA組で千反田はH組である。
奉太郎(遠いな……)
しかし、ここで省エネしていては後が怖い、なんとかH組まで到達し、扉を開ける。
人は結構居たが、千反田が見当たらない。
奉太郎(もう部室に行ったのだろうか?)
ならば仕方ない、部室の様子をちょっと覗いて、居なかったら帰ろう。
283: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:19:07.89 ID:oWSK7tDW0
~古典部前~
ドアを、そっと開ける。
奉太郎(静かに開けよ……)
少しだけ開いた隙間から、中を覗いた。
見えるのは……伊原。
千反田は見当たらない。
奉太郎(さて、帰るか)
誰も俺を責める事はできない。
考えてみろ、わざわざ牙を向いて待っているライオンに飛び込んで行く餌などは居るはずがない。
という訳で、俺の行動も別段普通の事である。
教室のドアを閉めて変な音が出ても困る、そのままにして帰る事にした。
足音を立てないように、そっと階段まで戻る。
ここまで来れば、もう安全だろう。
284: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:19:35.13 ID:oWSK7tDW0
5秒前の俺は、そう思っていた。
摩耶花「あれ、折木じゃん」
摩耶花「どこに行くの?」
奉太郎「い、いや……ちょっと散歩を」
摩耶花「あんたが散歩? 珍しいわね」
摩耶花「でも疲れたでしょ、部室で休んでいきなさいよ」
奉太郎「あ、ああ。 そうしようかな」
会話だけ見れば、普通の会話だろう。
だが、伊原の手は俺の肩を掴み、骨でも砕く勢いで力を入れている。
渋々、伊原の後に付いて行く。
付いて行くという表現は正しくないだろう。
正しくは、連れて行かれてる。
285: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:20:05.88 ID:oWSK7tDW0
~古典部~
摩耶花「よいしょ」
そう言うと、伊原は席に着く。
ここで小さくなっていてもどうしようもない。
いつも通りにしておこう。
そう思い、席に着き本を開く。
やはりというか、部室には俺と伊原だけだった。
3分ほどだろうか? 突然伊原が机を叩く。
奉太郎(言ってから叩いてくれよ……)
寿命が縮まることこの上ない。
奉太郎「ど、どうした」
摩耶花「昨日の事、話してくれるんでしょうね」
奉太郎「……やはりそれか」
摩耶花「まあね、ちーちゃんに聞いても答えてくれないし……あんたに聞くしかないじゃん」
奉太郎「ちょ、ちょっと待て」
奉太郎「伊原は関係無いだろう、今回の事は」
摩耶花「私の友達に何をしたか聞いてるのよ!!」
奉太郎(千反田とは違う形で後ずさるな、これは)
奉太郎「わ、わかった」
286: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:20:32.26 ID:oWSK7tDW0
奉太郎「まず、これは最初に言っておくが、変な事は一切してないからな」
摩耶花「ま、そうだとは思ったわ」
摩耶花「折木に何かする度胸なんてあるわけないしね」
奉太郎(……ひと言余計だ、こいつは)
奉太郎「それで、千反田が飯を作ってくれたのは知ってるだろ」
奉太郎「それを食べて少し話をしていたら、すっかり辺りが暗くなっていて」
奉太郎「そのまま帰す訳にもいかないから、泊まるか? と聞いたんだ」
摩耶花「ふうん」
奉太郎「別に強制した訳じゃないぞ」
摩耶花「そうなんだ、分かったわ」
なんだ、意外と素直だな……
287: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:21:10.02 ID:oWSK7tDW0
摩耶花「ま、今日はそれが本題じゃないんだけどね」
奉太郎「……まだ何かあるのか」
摩耶花「前からすこーしだけね、気になってたんだけど」
摩耶花「折木って、ちーちゃんの事好きなの?」
奉太郎「は、はあ!?」
やられた、こいつの目的はこれか。
摩耶花「別に嫌なら言わなくてもいいよ、少し気になっただけだし」
奉太郎「……前から、って言ったな」
奉太郎「いつぐらいからそう思っていたんだ」
摩耶花「もう大分前、去年の文化祭の時くらいだったかな?」
そ、そんな前から?
奉太郎「……そうか」
摩耶花「で、どうなの?」
伊原には、話しておくべきなのだろうか?
いや、むしろこれは隠すことなのか?
伊原がそう思っていると知った以上、隠すのにも労力が必要になるだろう。
ならば、話は早い。
288: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:21:42.45 ID:oWSK7tDW0
奉太郎「……そうだ、俺は千反田の事が好きだ」
否定する必要も、無い。
俺がつい最近気付いた事を、伊原は去年から知っていたと言うのだ。
それを聞いた俺が無理に隠しても、どうせいずればれてしまう。
摩耶花「へええ、あの折木がねぇ……」
奉太郎「……悪かったか」
摩耶花「ううん、折木も一緒なんだなって思ってね」
奉太郎「一緒?」
摩耶花「私たちとって事」
摩耶花「あんた、何事にもやる気出さなかったじゃない」
奉太郎「まあ、否定はしない」
摩耶花「そんな折木でも恋とかするんだなぁって思っただけ」
奉太郎「……俺も確信したのは最近だったがな」
摩耶花「そうだろうね、あんたって自分の変化には疎そうだし」
奉太郎「……悪かったな」
289: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:22:15.08 ID:oWSK7tDW0
まさか、最初に伊原に知られる事となるとは思いもしなかった。
しかし周りから見たらそれほどまでに分かりやすかったのだろうか……
まあ、もう10年近い付き合いになる、気付かない方がおかしいのかもしれない。
摩耶花「ところでさ、あんたは私に聞かないの?」
奉太郎「……何を?」
摩耶花「ちーちゃんが折木の事をどう思っているか」
摩耶花「私がちーちゃんに聞けば、答えてくれると思うよ」
奉太郎「それはいい」
摩耶花「即答、ね」
奉太郎「知りたくないと言えば嘘になるが、それは千反田の口から直接聞くべきだろ」
奉太郎「面倒くさいのは嫌いなんだ」
摩耶花「やっぱり、折木は折木ね」
奉太郎「それはどうも、話は終わりでいいか?」
摩耶花「うん、ごめんね引き止めちゃって」
奉太郎「別に、いいさ」
摩耶花「ちーちゃんは今日部活に来れないってさ、さっき廊下で会った時に言ってた」
奉太郎「じゃあ、話し合いは明日だな。 俺は帰る」
290: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:22:41.10 ID:oWSK7tDW0
摩耶花「うん、また明日」
奉太郎「ああ、じゃあな」
全く、なんという余計な行動だったのだろうか。
だが、別に話したからと言って何も変わる事ではないだろう。
気楽に、考えるか。
それにしても伊原とあんな感じで話したのは初めてじゃないか?
根はいい奴と言うのも、間違いではないな。
今日は帰ろう、風呂に入りたい気分だ。
第9話
おわり
291: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:24:44.93 ID:oWSK7tDW0
以上で第9話、終わりとなります。
続いて9.5話、投下します。
292: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:25:27.81 ID:oWSK7tDW0
「……そうだ、俺は千反田の事が好きだ」
私は、聞いてしまいました。
聞いてはいけない事だったでしょう。
ですが、私に聞きたいという感情さえ無ければ……聞かずに済んでいました。
つまり私は、折木さんの気持ちを一方的に知ってしまったという事です。
何故こんな事になったかというと、少しだけ時間を遡らないといけません。
293: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:26:04.17 ID:oWSK7tDW0
~古典部前~
私はいつも通り、部室に入ろうとしました。
そこで、丁度階段を上ってきた摩耶花さんと鉢合わせとなります。
える「摩耶花さん、こんにちは」
える「他の方は、まだみたいですね」
摩耶花「あ、ちーちゃん」
摩耶花「後で皆も来ると思うよ」
える「えっと、それなんですが……」
える「すいません、今日はちょっと用事が入ってしまいまして」
折角の話し合いだったのに、少し残念です。
ですが、家の用事は絶対に外せないので仕方がありません。
摩耶花「あー、そうだったんだ」
摩耶花「じゃあ私が皆に伝えておくよ」
える「そうですか、では宜しくお願いします」
私は頭を下げると、摩耶花さんが部室に入るのを見てから、ドアを閉めました。
294: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:26:45.16 ID:oWSK7tDW0
える(明日は一度、皆さんに謝りましょう)
そう思いながら階段に差し掛かった時です、聞き覚えのある足音がしました。
える(これは、折木さんのでしょうか?)
今でも、何故こんな行動を取ったのか分かりません。
私は咄嗟に部室の前まで戻り、更に奥の物陰に隠れました。
と言っても、大して隠れられていません。
恐らく、見つかるでしょう。
ですが、折木さんは何かに怯えている様な顔をし、視線が泳いでいます。
そして私に気付かないまま、部室の扉を少し開けると、中を覗いていました。
える(何をしているのでしょうか?)
そして覗いた後にすぐ、部室から去ろうとします。
折木さんが去ってからほんの数秒後に、ドアを開けて摩耶花さんが出てきました。
295: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:27:34.28 ID:oWSK7tDW0
少しだけ開いたドアに、違和感を覚えたのでしょう。
摩耶花さんは階段の方まで走って行くと、折木さんと会った様です、話し声が聞こえてきました。
える(折木さんは、どこか落ち着きがなかったのでばれなかったみたいですが……)
える(摩耶花さんが来たら、ばれてしまうかもしれません)
そう考えた私は、一度部室の中へと入ります。
こんな事さえしなければ……
そして、やはり摩耶花さんと折木さんは部室に向かってきました。
える(どこかに、隠れないと……)
私が隠れた場所は、部屋の隅にあるロッカーの中でした。
える(……私は一体何をしているのでしょうか)
296: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:28:06.54 ID:oWSK7tDW0
次いで、摩耶花さんと折木さんが部屋に入ってきます。
そして、少し時間を置いて会話が始まります。
どうやら昨日の事の様です。
何度か迷いました、ここから出て行こうかと。
ですがタイミングを失ってしまい、次に始まった会話で更に失ってしまいます。
「折木って、ちーちゃんの事好きなの?」
摩耶花さんが言う、ちーちゃんとは私の事です。
つまり私の事を好きなのか? と折木さんに聞いている事になります。
私はこの先を聞いてもいいのでしょうか?
ダメです、聞いてはダメな内容です。
297: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:28:44.91 ID:oWSK7tDW0
しかし、そんな私の気持ちを知らずに、折木さんと摩耶花さんは会話を続けます。
そして、聞いてしまいました。
「……そうだ、俺は千反田の事が好きだ」
その言葉を、聞いてしまいました。
私は、どんな顔をしていたのでしょうか。
嬉しいという感情が溢れていたのは分かります。
ですが、何故……私の目からは涙が落ちているのでしょうか?
折木さんの気持ちに、私は答えていいのでしょうか?
その資格が、私にあるのでしょうか?
考えれば考えるほど、涙が溢れてきます。
そして、ある事に気付きます。
える(これが、私が自分で答えを出さないといけない問題なのでしょう)
える(折木さんの事ばかり考えてしまうのは、そういう事だったんですね)
える(私は……折木さんに)
える(答えていいのでしょうか)
える(好きです、と……答えていいのでしょうか)
そう考えながら、やがて誰も居なくなった部室に出ると、静かに外に出ます。
今回は、少し卑怯でした。
私は自分の行動を後悔しながら、帰路につきました。
第9.5話
一章
おわり
298: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 10:30:37.48 ID:oWSK7tDW0
以上で9.5話、一章終わりとなります。
……量が少ないのは許してください。
第10話から二章となります。
投下日は土曜日か日曜日辺りを予定しています。
時間等決まりましたら、再度連絡します。
それでは、失礼します。
以下クラゲスレ
299: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) 2012/09/13(木) 10:39:38.08 ID:tHApTks2o
部室の鍵の開け閉めをしたのはきっと
一番最初にきて、最後に出た摩耶花さんでしょうし
私がどうやって鍵のかかった部室から出ることができたのか…
私、気になります!
300: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 11:00:46.95 ID:oWSK7tDW0
>>299
鍵を持っていたのは千反田です。
最初に部屋の鍵を開けたのも千反田でした。
摩耶花は「ちーちゃん、鍵持ったまま帰っちゃった……めずらしいなぁ」
と思っていました。
これを後付と言います。
302: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/13(木) 11:48:33.61 ID:x+72r41+o
乙
投稿予定どんどん前倒してるけど大丈夫なのかwwww
読む側は大満足だが
304: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 12:01:07.82 ID:oWSK7tDW0
>>302
来週からあまり時間が取れなくなってしまうので、今の内にできるだけ投下しておきたいんです。
書き貯めはまだありますので、多分大丈夫……
306: ◆Oe72InN3/k 2012/09/13(木) 22:33:40.75 ID:/Ae6cKxc0
こんばんは。
次回投下の目処が立ちましたのでご報告です。
9/15(土)の午後2時頃に第10話、第11話を投下致します。
今回は多分前後しません、多分……
乙ありがとうございます。
次→
奉太郎「古典部の日常」 05
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