545: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:17:49.97 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……ん」
窓から差し込んできた日差しによって、目が覚める。
時計に目をやると、今は9時を少し回った所だった。
奉太郎(……なんだか、目覚めがいいな)
多分、昨日は早く寝ていた事もあり俺にしては随分とすっきりした気分で起きれたのかもしれない。
俺は今日、映画を見に行くことになっていた。 千反田が家に来るのは確か11時……それまである程度は時間がある様だ。
そのまま起き上がると、俺はリビングへ向かう。
姉貴はまだ……起きていない様だった。
早々に、着替えを済ませてしまおう。 その後にゆっくりしていればいい。
一度リビングから離れ、身支度を済ませる。
再びリビングに戻り、パンを一枚食べた後にコーヒーを淹れる。
そのまま新聞を手に取り、内容を頭に適当に流し込む。
奉太郎(こうして俺は年を取って行くのか)
等と、少々悲しい現実を思いながら約束の時間まで過ごした。
『 奉太郎「古典部の日常」 目次 』引用元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346934630/
546: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:18:15.89 ID:BccZl9/d0
時計に目をやると10時50分を指している。 そろそろ来る頃だろう。
そう思ったのを狙ったかの様に、インターホンが鳴った。
奉太郎(10分前行動とは、俺も見習いたい物だ)
インターホンに出る必要は……ないか。 千反田以外に、この時間来客は無い。
そのまま玄関に行き、靴を履く。
ゆっくりとドアを開けると、やはりそこには千反田が居た。
奉太郎「……おはよう」
える「折木さん、おはようございます」
547: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:18:42.20 ID:BccZl9/d0
千反田は……白のワンピースを着ていた。 手にはカバン……確か、トートバッグだとかそんな感じの名称だったと思う。
夏の日差しが丁度良く千反田を照らしていて、ワンピースがとても似合っている。
俺に笑顔を向ける千反田に……少し、見とれてしまった。
える「あの、折木さん?」
気付くと千反田は俺のすぐ目の前まで来ていて、いつもの顔の近さにハッとする。
奉太郎「あ、ああ」
奉太郎「……すまん、まだ寝ぼけているかもしれない」
そう言い訳をすると、千反田は俺の顔を覗き込みながら言った。
える「もう、駄目ですよ。 昨日決めたじゃないですか」
……ああ、チャットの事か。
548: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:19:15.06 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……そうだったな」
奉太郎「悪いな、面倒くさい奴で」
える「ふふ、折木さんが自分の事を話さないので、ちょっと嘘ついちゃいました」
その事をすぐに嘘という辺り、やはり千反田はそんな事を本気で思っている訳ではないだろう。
奉太郎「じゃ、行くか」
える「はい、歩いて行きますよね?」
奉太郎「ああ、そんな遠くないしな」
そして俺と千反田は映画館に向かい、歩き始める。
奉太郎「そういえば」
える「なんでしょう?」
奉太郎「……服、似合ってるな」
える「あ、は、はい。 ……ありがとうございます」
千反田は顔を少しだけ赤くし、そう言った。
俺も少し、顔が熱いのに気付いていたが。
549: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:19:52.29 ID:BccZl9/d0
~映画館~
そこまで混雑はしていない様子だった。 むしろ映画館にしては人が少ない方だと思う。
受付に行く前に、俺は持ってきていたチケットを2枚取り出す。
奉太郎「千反田、チケットだ」
える「はい、ありがとうございます」
チケットを渡し、受付を済ませようとする俺の肩を千反田に掴まれる。
奉太郎「ん? どうした」
える「あ、あの……折木さん」
える「このチケットって、その、しっかり読みました?」
しっかり読んだ? 軽く目を流して読んだには読んだが、しっかりとは呼べないか。
奉太郎「軽く目を通しただけだが……何かあったか」
える「い、いえ。 あの、ちょっと……ですね」
える「……チケット、読んでみてください」
550: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:25:03.13 ID:BccZl9/d0
そう言うと、千反田は顔を俺から逸らしてしまう。 なんだと言うんだ。
仕方ない、見れば何か分かるか。
そして俺は、チケットに目を落とす。
【カップル様限定、映画ご招待】
やはり、やはりやはりやはり。 姉貴が持ってきたものにはろくな物が無い。 くそ姉貴め!
しかしいくら悪態をついてもこの状況は変わらない。 ……もう映画館に来てしまっているのだから。
未だに顔を背けている千反田に向け、言う。
奉太郎「……俺のミスだ、謝る」
える「あ、い、いえ」
千反田は俺の方に向き直り、右手で左腕を掴みながら続ける。
える「……別に、カップルだと思われるのは嫌では無い、です」
える「その、でも……ちょっと恥ずかしくて」
551: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:25:30.70 ID:BccZl9/d0
奉太郎「あ、ああ。 そうか」
そんな事を言われてしまい、なんだか逆に恥ずかしくなってきてしまった。
奉太郎「……ま、まあ。 行くか」
える「は、はい。 そうですね、行きましょう」
ぎこちない会話をしながら受付へと向かう。
受付に居た人にチケットを2枚渡し、代わりに入場券を貰った。
受付の人が俺たちに向けニコッと笑いを向けたが、悪いのはこの人じゃない、姉貴だ。 恨むのなら姉貴を恨むべき。 そんな事を思いつつ、一応は愛想笑いを返す。
その後は上映まで少し時間があったので、近くにあった椅子に千反田と共に腰を掛けた。
える「そういえば、ちょっと気になったんですが」
奉太郎「ん、なんだ」
える「どうして折木さんは映画に行こうと思ったんですか?」
奉太郎「どうしてって言われてもな……他にする事も無かったから」
552: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:25:57.61 ID:BccZl9/d0
える「ふふ、そうですか」
奉太郎「……その笑いが若干気になるな」
える「なんでもないですよ、気にしないでください」
奉太郎「いつも自分だけ気になると言って置いて、俺には気にするなと言うのか」
える「じゃあ、聞いてもいいですよ。 気になりますって」
奉太郎「……言わないからな」
える「……そうですか、少し残念です」
奉太郎「……はあ」
奉太郎「分かったよ、言えばいいんだろ」
える「ほんとですか。 是非お願いします!」
奉太郎「……私、気になります」
自分で言うのもなんだが、かなりやる気の無い気になりますだったと思う。 それに加え棒読み。
553: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:26:30.25 ID:BccZl9/d0
える「なんか納得できないですが……分かりました」
千反田はそう言うと、右手で前髪を触る。
奉太郎「……何をしている?」
える「……折木さんの真似です」
える「折木さんが考えるときって、いつもこうしているので」
そうなのだろうか? 自分では記憶にはあまり無い。
奉太郎「そうなのか、知らなかった」
える「いつもやっていますよ? ですので私も」
奉太郎「……それで、何か分かったか」
える「ええ、分かりました!」
奉太郎「その心は」
える「なんだかこうしていたら、面倒くさくなってきてしまいました」
554: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:26:56.95 ID:BccZl9/d0
奉太郎「そうか、それならこの話はやめよう」
える「え、だめですよ。 ちゃんと気になってください」
奉太郎「……なんでそこまで気にしなければいけないんだ」
える「今は私が折木さんの真似をしているので、折木さんは私の真似をしなきゃだめなんです」
奉太郎「千反田の真似……か」
奉太郎「ええっと、そうだな」
奉太郎「ちたんださん、かんがえてください、いっしょにかんがえましょう」
える「あの、私はもっと元気が良いと思いますけど……」
奉太郎「そうか? 周りから見たらこんな感じだぞ」
える「え? そうなんですか?」
奉太郎「ああ」
える「……もうちょっと、愛想を良くしないといけませんね」
奉太郎「……」
える「……」
555: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:27:40.98 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……冗談だけどな」
える「え、じゃあ私は元気良いですか?」
奉太郎「ああ、さっきの10倍程には」
える「それは良かったです……どうしようかと思いました」
奉太郎「それも冗談だと言ったら?」
える「おーれーきーさーん! もう冗談はやめてください!」
奉太郎「分かったよ、それで話の続きをしよう」
奉太郎「ええっと、なんだっけか」
える「私が笑った事についてですね」
奉太郎「そうだった……ってまだ俺の真似をするのか」
える「はい、こうして折木さんが考える時の真似をしていると何か浮かんで来そうなんです」
奉太郎「ふむ、そうか」
556: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:28:08.05 ID:BccZl9/d0
奉太郎「でも笑ったのは千反田本人だろ? なら別に考えなくてもいいんじゃないか」
える「あ、そういえばそうでしたね」
える「では、お話しましょう」
える「つまりですね、私が笑ったのは」
える「折木さんが自主的に動くと言うのが、面白かったんです」
……さいで。
奉太郎「……言っとくがな、そこまで俺は動かない訳ではないぞ」
える「……そうなんですか?」
奉太郎「そうだ。 俺だって動くときはある」
える「例えば、どんな時でしょうか」
奉太郎「……そうだな、例えば」
557: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:28:34.62 ID:BccZl9/d0
10秒……30秒……1分。
奉太郎「今この時だ。 俺が自主的に映画館に行こうと言った」
える「無かったんじゃないですか」
える「私の、勝ちですね」
何を持って勝ちとするのかは不明だが、そういう事にしておこう。
奉太郎「ああ、千反田の勝ちだ。 すまなかった」
える「えへへ」
俺に勝ったのがそんな嬉しいのかと思うほど、千反田は気分が良さそうにしている。
奉太郎「そこまで嬉しいのか、俺に勝てて」
える「勿論です! いつも折木さん頼みでしたので」
奉太郎「ま、千反田がそれでいいならいいか」
える「その言い方ですと、折木さんに勝ちを譲ってもらったみたいで納得できません」
奉太郎「……どういう言い方ならいいんだ」
558: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:29:05.48 ID:BccZl9/d0
える「そうですね……例えば」
える「さすがは折木さんです! ありがとうございます」
える「こんな感じでお願いします」
奉太郎「そうか」
える「では、どうぞ」
奉太郎「……ん、それ言わないと駄目なのか?」
える「駄目ですよ」
奉太郎「……さすがはちたんださんです、ありがとうございます」
える「やっぱり折木さんの言い方だと納得できません……」
奉太郎「じゃあやらせるな、それより」
奉太郎「そろそろ時間じゃないか?」
える「あ、そうですね。 行きましょうか」
そして、俺達は向かう。 何が上映するのか未だに知らない映画を見に。
そう、知らなかったのだ。 映画の内容が何かを。
559: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:29:33.31 ID:BccZl9/d0
ドラマ等なら、ラブストーリーを見た二人はその後良い展開になるだろう。
しかし……姉貴がそんなロマンチックな物を用意している訳が無かった。
映画のタイトルは
「農家よ、今こそ立ち上がれ」
千反田はそのタイトルを見ると、とても嬉しそうにしていた。
何かの参考になるのだろう。 なんの参考になるのか知らないが。
俺は映画が始まってから5分ほどで、眠くなってきた。
……それにしてもこの映画、観客が驚くほど少ない。
俺と千反田は真ん中くらいに座っていたのだが、その列には他に客は居なかった。
少し顔を上げると前の方に人影が見えることから、数人は客が居るのだろう。
恐らく多分……居ても10人ほど。 勿論俺達を含めて。
映画の内容は田を耕す人々や、現在の農家の在り方。 誰が楽しくて見るのだろうか?
える「……折木さん、すごいですね」
560: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:30:00.55 ID:BccZl9/d0
ああ、一人居た。
少なくとも一人は居た。 良かったな監督。
俺は非常に寝たかった、しかしそれを隣に座っているこいつは許してくれない。
見る人が見れば盛り上がるのかもしれない場面で、小声で俺に話しかけてくるからだ。
俺はそれに「ああ」とか「うん」とか「ほう」とか適当に返しているのだが、当の千反田は全く気にしていない。
そして2時間程その苦行をこなし、ようやく映画が終わる。
千反田は終始楽しんでいた様子で、良かった良かった……
える「面白かったですね、折木さん」
奉太郎「ん、ああ……そうだな」
える「……本当ですか? とても眠そうにしていましたが」
気付いていたのか、ならなぜ話しかけた。
奉太郎「正直な、眠かった」
奉太郎「……気付いていたなら寝かせてくれ」
える「確かに、何も知らない人が見たら退屈な映画だったかもしれませんね」
える「でも少し……折木さんにも興味を持って欲しかったです」
興味、ねえ。 まあ人生何があるか分からないしな。 万が一にでも興味が向いてしまう可能性が無きにしも非ず。
奉太郎「……興味が向けば楽しくはなるのかもしれないな」
える「ええ、そうですね」
561: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:30:32.68 ID:BccZl9/d0
~映画館外~
奉太郎「丁度昼くらいか」
える「丁度お昼くらいですね」
千反田と同時に言い、つい顔を見合わせる。
奉太郎「……何か飯でも食っていくか」
える「あ、それなんですけど」
える「私のと折木さんのお弁当、作ってきちゃいました」
奉太郎「おお、本当か」
千反田の料理の腕は前に食べたことがあったので知っている。 これはとても嬉しい。
える「はい、どこか公園で食べましょう」
奉太郎「分かった」
タイミング良く、近くにあった公園に俺と千反田は入る。
ベンチに腰掛けると、千反田はカバンから弁当箱を二つ取り出した。
562: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:30:59.83 ID:BccZl9/d0
える「これ、折木さんの分です」
奉太郎「そうか、ありがとう」
そう言い、千反田が両手に持っている弁当箱を右手と左手に分けて掴んだ。
える「……あの」
奉太郎「……冗談だ」
千反田から右手に持っていた弁当箱を貰う。
える「少し、驚きました」
奉太郎「俺が大食いだったことか?」
える「……折木さんがそんな冗談をした事に、です」
奉太郎「ああ、俺には人を笑わせる事は向いていないかもな」
える「あ、そんな事はないですよ。 とても面白かったです」
やめてくれ、そんな目だけ笑っていない笑顔を向けられては惨めな気分になってしまう。
奉太郎「あ、ああ……そうか」
563: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:31:33.99 ID:BccZl9/d0
そんな惨めな気持ちを振り払うために、弁当を開く。
俺にはとても名前が分からない食べ物が、野菜を中心に入っていた。
奉太郎「うまそうだな」
える「ふふ、そう言って貰えると嬉しいです」
える「新鮮な野菜等を使っているので、とてもおいしいと思いますよ」
える「お肉とかも入れたかったのですが、時間があまりなくて……すいません」
奉太郎「いやいや、作ってきてくれただけでありがたい。 文句なんて一つもない」
奉太郎「……では、千反田先生の料理解説を聞きながら食べるとするか」
える「あ、任せてください!」
まずは一つ目……これは何かの野菜、だろうか。
える「それは菜の花のお浸しです、結構有名ですよ」
奉太郎「確かに結構見ている気がするが……これって菜の花だったのか」
564: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:32:27.77 ID:BccZl9/d0
える「ええ、香りもいいので私はよく食べています」
ふむ、確かに。 春の香りがする。 夏だが。
奉太郎「おいしい、なんかもっと気の利いた事が言えればいいのだが……おいしいな」
える「ふふふ、それだけで十分ですよ。 ありがとうございます」
それはそうと、この隅のほうに可愛く飾られているのは何だろうか。
える「あ、それはペチュニアです。 一応食べられますね」
奉太郎「そうなのか? 生のままに見えるが」
える「あくまでも飾りだったので、そのまま置いといてもいいですよ」
ふむ、最後にちょっと食べてみるか。
565: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:32:58.09 ID:BccZl9/d0
奉太郎「こっちは、普通の卵焼きか?」
える「それはですね、中に桜えびが入っています」
奉太郎「ほう、どれどれ」
うまい、これは何個でもいけそうだ。
える「どうですか?」
奉太郎「これは是非、また作って欲しい」
える「えへへ」
える「折木さんさえよければ、いつでも!」
それからいくつかの解説をしてもらい、弁当を食べ終わる。
千反田も食べ終わったところで、千反田がカバンからタッパーを取り出した。
える「これ、デザートにどうぞ」
奉太郎「イチゴか、ありがとうな」
千反田が持ってきたイチゴはとても甘く、疲れた体に染み渡った。
それもすぐに食べ終わり、さてどうしようかと話していた時だった。
566: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:33:24.46 ID:BccZl9/d0
ふと顔に水滴が当たり、顔を上に上げる。
奉太郎「予報より、早かったみたいだな」
まだ弱いが、雨が降ってきた。 ここまで早く降るとは思っていなかったので傘は持ってきていない。
える「強くなりそうですね、その前に帰りましょうか」
奉太郎「ああ、そうだな」
そして俺と千反田は公園から出る、雨はまだ……降ったり止んだりでそこまで気にする必要はないだろう。
ここから家までは歩いて20分程くらいかかる、それまで持ち堪えてくれればいいのだが。
える「あの、今日はありがとうございました」
奉太郎「俺は暇だったからな、別にいいさ」
える「また今度、遊びましょうね」
奉太郎「……ああ、そうだな」
それから5分程歩いたところで、千反田がふと何かに気づいた様子で立ち止まった。
567: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:33:51.65 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……どうした?」
える「これ、スイートピーですね」
そう言い、千反田が指を指したのは人の家に飾ってあった花だった。
奉太郎「ん? ああ、花か」
える「夏咲きのスイートピー、素敵です」
奉太郎「人の物だからな、持って帰るなよ?」
える「……私がそんな事をすると思います?」
奉太郎「さあな、もしかしたらするかもしれない」
える「酷いですよ。 ただ……好きなんです、このお花」
奉太郎「……そうか」
える「ごめんなさい、行きましょう」
花、か。 俺には全く持って分からない感情だ。
568: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:34:30.28 ID:BccZl9/d0
える「あ、折木さん」
える「今度は私が誘いますね?」
千反田が少しだけ俺の前に出て、振り返りながらそう言った。
奉太郎「……楽しみにしておく」
奉太郎「それより、前を見ないと危ないぞ」
その言葉を最後まで言ったか言わないかくらいの時だった。
える「きゃあ!」
予想通りと言ったらあれだが……千反田が転んだ。
奉太郎「……言わんこっちゃない」
奉太郎「大丈夫か?」
える「ご、ごめんなさい。 大丈夫です」
奉太郎「とてもそうは見えないんだが」
える「このくらいなら、大丈夫ですよ」
しかし膝の辺りを擦りむいており、転んだにしては結構な血が出ていた。
……仕方ない、とりあえずは血を止めよう。
569: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:35:02.33 ID:BccZl9/d0
奉太郎「少し、待ってろ」
俺はそう言い、近くにあったコンビニで水を買ってくる。
奉太郎「これで洗い流せ、見てるだけでも痛々しいぞ」
える「わざわざすいません、ありがとうございます」
そして千反田の傷口を綺麗にし、ついでに買っておいた絆創膏を貼り付ける。
奉太郎「大丈夫か?」
える「は、はい。 大丈夫です」
える「あの……折木さんって、意外と優しいんですね」
意外は余計だろ、気にしないが。
奉太郎「意外にな、そんな事より」
奉太郎「雨が少し強くなってきたな」
空を見上げると、大分薄暗い雲が敷き詰めていた。
える「みたいですね、段々と」
気付けばポツポツからサーと言った感じになっている。 ……分かりづらいか。
570: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:35:53.25 ID:BccZl9/d0
える「コンビニで雨宿りしていきますか?」
奉太郎「ああ、いや。 今から段々強くなってくるだろうし。 帰った方がよさそうだ」
える「あ、は、はい」
そして俺と千反田は再び歩き出したのだが、どうにも千反田は足を痛めてるらしい。
足を庇う歩き方をして、無理をして俺に付いて来ている様子だった。
奉太郎「……足が痛かったなら、そう言ってくれ」
奉太郎「さっきのコンビニで休んでもいけただろ」
える「ご、ごめんなさい。 あまり迷惑を掛けたくなかったので……」
全く、今まで1年と半年程も俺に迷惑を掛け続けよく言えた物だ。
奉太郎「今更一個増えた所で何も思わない」
える「……はい」
奉太郎「……はぁ」
571: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:36:22.42 ID:BccZl9/d0
俺は千反田の前に行くと、しゃがみ込む。
奉太郎「乗れ」
える「え、え、でも」
奉太郎「いいから、そっちの方が手短に済む」
える「……迷惑ですし」
奉太郎「今更一個増えても何も思わないってさっき言っただろ、逆にそっちの方が俺は助かる」
える「で、では……失礼します」
人に負ぶさるのに、その挨拶はどうかと思うが……別にいいか。
奉太郎「じゃ、いくか」
える「は、はい……ありがとうございます」
千反田はそう言い、どこか恥ずかしそうにしていた。 確かに俺も少し、恥ずかしい。
会話は自然と無くなり、道をゆっくりと進む。
奉太郎「足はまだ痛むか」
える「……」
返答が無かった。 俺はそのまま頭だけを後ろに向ける。
572: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:37:09.27 ID:BccZl9/d0
奉太郎(こいつ、寝やがった)
千反田は小さく寝息を立てながら、俺の背中で寝ていた。
別段、会話をしたい訳ではなかったし、構わないのだが……少し重い。
だが重いから起きてくれとは俺でも口にはできない、仕方あるまいと無言で歩くことにした。
30分程だろうか、ようやく千反田の家が視界に入ってくる。
奉太郎「……おい、起きろ」
える「……あ」
える「……お、おれきさん」
える「……すいません、寝てしまってました」
奉太郎「いいさ、それよりそろそろ着くぞ」
える「……ありがとうございます」
千反田はそう言い、俺の背中から降りる。
573: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:39:21.90 ID:BccZl9/d0
奉太郎「足は大丈夫か」
える「ええ、おかげさまで……もう大丈夫です」
その言葉は嘘ではなかったらしく、見た限り普通に歩いている。
える「今日は本当にありがとうございました」
奉太郎「……えらくエネルギー消費が激しかった一日だ」
える「次は、私が負ぶりますね」
いや、それはなんか違うだろう。
奉太郎「遠慮しておく、ここら辺でいいか?」
える「あ、はい! また遊びましょうね」
奉太郎「……そうだな」
俺は千反田に軽く手を挙げると、振り返り自分の家へと向かう。
える「……折木さん!」
一度千反田の方に振り向く、声を掛けずとも千反田は口を開き言葉を続けた。
574: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:39:51.42 ID:BccZl9/d0
える「あの、花言葉ってご存知ですか?」
奉太郎「花言葉? 知らないが」
単語自体は聞いた事がある、しかし内容まで知っている訳ではない。
える「そうですか、それではまた」
何だったのだろう? 深い意味があったのだろうか。
……考えるのはちょっと面倒だな。 いくら普段エネルギーを使っていないからといっても今日は疲れた。
奉太郎「ああ、またな」
雨は既に上がっていた、神山連峰から差し込む夕日に夏の一日を感じながら、俺は帰路につく事にした。
第18話
おわり
575: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:40:18.95 ID:BccZl9/d0
以上で第18話終わりとなります。
乙ありがとうございました。
576: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/20(木) 23:44:41.65 ID:m9q/LjEfo
おつー
家に来るのって10時じゃなかったっけ?
578: ◆Oe72InN3/k 2012/09/21(金) 00:35:11.78 ID:vsU5Z7640
>>576
多分、ホータローが寝ぼけていて時間を読み間違えたんでしょう。
とんだボケ野郎ですねほんと
乙ありがとうございます
577: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/20(木) 23:52:42.93 ID:2kytSh2DO
乙
スイートピーの花言葉調べてみたら……
581: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/21(金) 05:29:09.21 ID:YzhxCR+d0
花言葉…
千反田さんどうなっちゃうの
ともあれ乙でした
582: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/21(金) 09:13:50.31 ID:VVGVD0710
ほうたるの真似をするえるたそが可愛すぎる
次→
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- 氷菓
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