657: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:13:16.76 ID:KSr2VJAB0
鬱陶しい暑さも最近は無くなり、少しばかり涼しい日が多い。
しかし、夏の名残と言えばいいのか、置き土産と言えばいいのか。 俺の体はちくちくと蚊によって攻撃されている。
山が近いせいで、生き残りが多いのかもしれない。
そんなある日、珍しく一人だけの古典部で俺は小説を読むことで時を過ごしていた。
一ページ、また一ページ捲っていき、やがて章の終わりが見える。
そこで一度本から視線を外し、外の景色を眺めた。
グラウンドでは運動系の部活が精を出し、校舎には音楽系の部活らしき音が響いている。
奉太郎(里志は今日も委員会か)
奉太郎(最近忙しそうだな)
原因はまあ、文化祭だろう。
伊原は漫研をやめたので時間は増えた筈だが……この時間まで来ないとなれば、今日は来ないかもしれない。
千反田は恐らく来ると思うが、来たとしても文集の話をされると思う。
俺としては内容には拘りなんて無いし、任せっきりにしたいのだが……一応は古典部に所属しているのである程度はやらなければならない。
確かもう大体の内容は決まっているとか、前に集まったとき言っていた気がする。
それも千反田が来たら聞けばいい事だ。 とりあえずはもう一度小説にでも目を落とすか。
『 奉太郎「古典部の日常」 目次 』引用元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346934630/
658: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:13:42.90 ID:KSr2VJAB0
そうして外の景色を眺めるのを止め、小説に再び目を戻す。
しかし、タイミングを狙ったかの様に部室の扉が開いた。
える「お、折木さん!!」
いつもと少し様子が違う、何か厄介な事でも起きたのだろうか。
奉太郎「なんだ、何かあったのか?」
える「あ、あのですね……大変なんです!」
奉太郎「それだけ言われても、何がどう大変なのか分からない」
える「ご、ごめんなさい。 最初から説明しますね」
える「今日の事なんですが……放課後、今から少し前です……」
659: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:14:22.58 ID:KSr2VJAB0
今日、私は授業が終わると一度、購買へと行ったんです。
な、何をしに行ったかですか? ……あの、お恥ずかしながら少し、お腹が空いてしまって……
あ、あの! それよりですね。
そこで食べ物を買って、部室に行こうとしたんです。
……この私が持っているパンですか? これ、とてもおいしいんですよ。
……お話、続けてもいいですか?
それでですね、部室へ向かっている途中で見てしまったんです。
その……喧嘩している福部さんと、摩耶花さんを。
遠くだったので会話はしっかりとは聞こえなかったんですが、最初は普通にお話をしている物だと思いました。
それが突然……摩耶花さんが、福部さんの顔を……パチン、と。
私は急いで部室へ来ました、見てはいけない物を見てしまった気がして……
福部さんですか? とても、びっくりした様な顔をしていました。
……あ、そういえばですね。 最後の一言だけ、聞こえたんです。
摩耶花さんが「ごめん」と言っていました。
……折木さん、どう思います?
660: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:14:51.43 ID:KSr2VJAB0
奉太郎「……ふむ」
奉太郎「そのパンを今度買ってみようと思った」
える「……」
奉太郎「……」
える「おれきさん、真面目にやってください」
奉太郎「う……分かったよ」
と言ったはいいが……ただの喧嘩をどう思う、と言われてもな……
奉太郎「ただの喧嘩じゃあないのか?」
える「私も、そう思いました」
える「でも摩耶花さんは、簡単に人を叩く人では無いと思うんです」
える「感情的にも、人を叩く人では無い筈です」
……確かに、一理あるな。
伊原は刺々しい所があるが、直接的に人を傷つけたりはしない。
そんな伊原が里志を叩いた……よっぽどの事情があったのだろうか?
661: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:15:19.00 ID:KSr2VJAB0
奉太郎「里志が何か伊原の勘に触る事をしたって言うのはどうだ」
える「それも……少し、考えづらいんです」
える「福部さんは摩耶花さんの事をよく知っていると思います」
える「そんな福部さんが、それをするでしょうか?」
……しそうだが、千反田はそれでは納得しないだろう。
何かこう、もっともらしい理由を付けなければならない。
奉太郎「……これだったらどうだ」
奉太郎「伊原が少し腕を振りたい気分になっていて、腕を振った」
奉太郎「そうしたら偶然にも里志が居て、里志の顔に当たった」
奉太郎「叩く気は無かったのに、叩いてしまって謝った」
奉太郎「……どうだ」
える「摩耶花さんが腕を振りたい気分になったのは何故ですか?」
奉太郎「伊原が腕を振りたくなった理由か……」
奉太郎「……そういう気分だったから」
662: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:15:46.82 ID:KSr2VJAB0
える「……本当にそう思います?」
ううむ、なんだか予想より面倒くさくなってきてしまったな。
える「第一に、ですね」
える「私が見たとき、福部さんと摩耶花さんは既にお話をしていたんです」
える「と言う事は……偶然当たったっていうのは少し、難しいと思います」
……そういえばそうだったか。
奉太郎「視点を変えるか」
奉太郎「伊原は何故、里志を叩かなくてはならなかったのか」
える「同じ視点じゃないですか? それだと」
奉太郎「いや、違う」
奉太郎「里志を叩かなければいけない理由があったと考えるんだ」
奉太郎「そして、伊原には叩いたことへの罪悪感があったんだ」
663: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:16:12.72 ID:KSr2VJAB0
える「……罪悪感、ですか」
奉太郎「伊原は謝っていたんだろ? 叩いた後に」
える「ええ、そうです」
奉太郎「それなら罪悪感があったと思うのが普通だ」
える「でも、ついカッとなってしまってという可能性もあると思います」
える「それで、その後に謝った……って事ではないんですか?」
奉太郎「さっき自分が言った言葉を忘れたのか」
奉太郎「感情的に叩く事なんて無い、と」
える「あ、そういえば……そうでしたね」
える「では何故、叩いたのでしょうか?」
奉太郎「恐らく……さっきも言ったが、叩かなくてはいけない理由があった」
える「叩かなくてはいけない理由ですか……気になりますね」
664: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:16:39.77 ID:KSr2VJAB0
叩かなければならなかった理由。
伊原は何故謝ったのか。
そしてそれが起こる前まで、普通に話していた。
奉太郎「一つ、推測ができた」
える「え? なんでしょうか」
奉太郎「それだ」
俺はそう言い、千反田を指差す。
える「え、私ですか」
える「私……何かしたのでしょうか」
奉太郎「……違う、お前の腕に居るそいつだ」
える「腕……あ!」
える「……蚊、ですね」
千反田はそう言い、腕に止まっていた蚊を手で払う。
665: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:17:43.06 ID:KSr2VJAB0
奉太郎「つまりはこういう事だ」
奉太郎「伊原と里志は放課後、二人で話していた」
奉太郎「そう、なんとも無い普通の会話だ」
奉太郎「そこで伊原はある物に気付く」
奉太郎「それは……里志の頬に止まっている、蚊」
奉太郎「ついつい伊原はその蚊を叩く」
奉太郎「里志の頬に止まっている蚊をな」
奉太郎「そして丁度、その場面をお前が見ていたんだ」
奉太郎「それを見たお前は俺にこう言った」
奉太郎「里志と伊原が喧嘩をしていた、と」
奉太郎「……どうだ?」
える「……なるほど、です」
える「確かにそれなら、納得がいきます」
える「摩耶花さんが謝っていた理由にも、繋がりますしね」
666: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:18:16.08 ID:KSr2VJAB0
奉太郎「ま、あくまで推測だがな」
える「私、ちょっと確認してきますね!」
そう言い、千反田は部室を出ようとする。
奉太郎「お、おい! ちょっと待て」
える「はい? どうかしましたか?」
奉太郎「あくまで推測だと言っただろ、外れていたらどうするんだ」
える「大丈夫ですよ、折木さんの推理は外れません」
どこからそんな自信が出てくるのだろうか……
丁度、その時だった。
摩耶花「あれ、ちーちゃん帰る所だった?」
伊原が、部室へとやってきた。
える「摩耶花さん! 丁度いい所でした!」
千反田はそのまま伊原を席まで引っ張っていくと、隣同士で腰を掛ける。
667: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:18:45.89 ID:KSr2VJAB0
摩耶花「え? え?」
奉太郎「……おい、違っても俺は知らんぞ」
える「摩耶花さんに、聞きたい事があったんです!」
俺の声は既に千反田には届いていない様子だった。
える「あの、実はですね……」
俺は千反田の説明を聞きながら、外に視線を移す。
少し、日が傾いてきただろうか?
まだ17時にもなっていないが……日が短くなっているのだろう。
所々、帰る生徒達が見える。
この一件が終わったら、俺も帰る事にしよう。
摩耶花「……なるほど、ね」
……どうやら、千反田の説明が終わったらしい。
える「それで、どうですか?」
668: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:19:13.53 ID:KSr2VJAB0
摩耶花「……全くその通り、よ」
摩耶花「折木あんた、どっかから見てたんじゃないの?」
奉太郎「……俺にそんなストーカー的な趣味は無い」
える「……本当ですか?」
千反田が小さく、伊原には聞こえないように俺に言ってきた。
チャットルームでの事を、まだ根に持たれているのかもしれない。
それに俺が反論をする前に、千反田は再び口を開く。
える「ふふ、やはり当たりましたね」
千反田がそう言い、俺の方を向く。
なんだかそんな視線が恥ずかしく、俺は視線を逸らした。
奉太郎「……そろそろ帰るか」
摩耶花「ええ、来たばっかりなのに」
える「あ、じゃあ少しお話しましょう。 摩耶花さん」
どうやら伊原と千反田は残って話でもするらしい。 俺はお先に失礼させてもらおう。
奉太郎「そうか、じゃあまた明日」
える「はい、また明日です」
摩耶花「うん、じゃあね」
669: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:19:44.66 ID:KSr2VJAB0
~帰り道~
しかし、あの推測が外れていたら千反田はどうしたのだろうか。
本当に喧嘩だった可能性も、あっただろうに。
だがその可能性より、俺の推測を信じてくれた事は少し嬉しかった。
別に、だからどうとか言う訳でもないが。
ただちょっと、嬉しかっただけの話。
辺りは少しだけ、薄暗くなっている。
もうすぐで文化祭が始まる、とりあえずはそちらに力を入れなければ。
後……二週間くらいだったか。
ああ、そういえば文集がどうなっているのか聞くのをすっかり忘れていたな。
ま、家に帰ったら里志にでも電話して聞いてみるか。
本を刷るのは伊原に任せる事になるだろう、去年は大変な思いをしてしまったが……
だが伊原も同じ失敗を二度繰り返すような奴では無い、今年は安心できると思う。
まあ、結局は俺が店番をする事になるのだろうが。
暇を潰すためにも、何か新しい小説でも今度買おう。 あれがあれば店番はとても楽だ。
そんな今後の予定を頭の中で組み立てていると、やがて家が見えてきた。
670: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:20:14.69 ID:KSr2VJAB0
~折木家~
奉太郎「ただいま」
供恵「おかえりー」
奉太郎「最近家に居ることが多いな」
供恵「なによ、いちゃ悪いの?」
奉太郎「……別に、そういう訳じゃない」
奉太郎「風呂に入ってくる」
供恵「あー、まだダメかな」
奉太郎「ん? どういう意味だ」
供恵「お客さん、来てるの」
この家に客とは珍しい。
また姉貴の知り合いだろうか?
奉太郎「姉貴の客か?」
供恵「あんたの客よ」
奉太郎「……俺に?」
一体誰が、里志か?
いや、でも里志ならば姉貴は里志が来ていると言うだろう。
他に思い当たる奴なんて……居ないな。
671: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:20:42.41 ID:KSr2VJAB0
奉太郎「どこに居るんだ」
供恵「え? あんたの部屋よ」
……客を勝手に俺の部屋に通すな、バカ姉貴が。
奉太郎「……はぁ」
小さく溜息をつき、自室へと向かう。
全く、誰だこんな時間に。
そして、自室の扉を開いた。
そこには俺の予想外の人物が居て、俺の顔は多分、だいぶおかしなことになっていただろう。
奉太郎「何か、俺に用ですか」
奉太郎「入須先輩」
入須「ふふ、そう露骨に嫌そうな顔をするな」
入須「今日はちょっと話があって来たんだ、折木君」
第21話
おわり
672: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:21:34.78 ID:KSr2VJAB0
以上で第12話、終わりとなります。
乙ありがとうございました。
673: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:22:00.99 ID:KSr2VJAB0
12話じゃない21話でした。
674: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/23(日) 21:25:42.74 ID:wM8hpJmyo
おつー
やっぱ今日かwwww
予告にもあったからいずれ出るだろうと思ったけど、さっそく来たか、入須…
675: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2012/09/23(日) 21:28:38.19 ID:33tZCLxJo
入須先輩たそ~
676: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:11:17.27 ID:KSr2VJAB0
一話だけかと思った? 残念! 二話投下予定でした!
677: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:12:41.64 ID:KSr2VJAB0
その日は、摩耶花さんと福部さんが喧嘩していなかった事が分かり、とても安心できました。
折木さんはいつも、自分の推理に自信を持っていない様に見えますが……もっと自信を持ってもいいと私は思います。
でも、そんな折木さんも……その、少し格好いいと思う自分もいます。
える「あ、もうこんな時間ですね」
摩耶花「ほんとだ! そろそろ帰らなきゃ」
える「そうですね、また明日お話しましょう」
える「では、帰りましょうか」
摩耶花さんとのお話を止め、帰り支度をしていきます。
そこでふと、ある物に気付きました。
える「あれ? これは……」
摩耶花「あー、あいつ忘れていったのかな」
折木さんの小説でしょうか? 机の上に一つだけ、置いてありました。
678: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:13:26.53 ID:KSr2VJAB0
摩耶花「ま、そのまま置いておけばいいんじゃないかな? 明日取りに来るだろうし」
える「そうですか……」
える「いえ……やはり私、家に届けてきます」
私がそう言うと、摩耶花さんはにっこりと笑い
摩耶花「そか、うん。 分かった」
と言いました。
その後は学校を出て、摩耶花さんとは別々に帰ります。
折木さんの家は学校からそれほど離れていません、歩いていっても意外とすぐに着きます。
先ほどまではまだ、そこまで暗くないと思ったのですが……気付けば辺りは大分、暗くなっていました。
本当は、明日にでも渡せば良かったのです。 摩耶花さんが言った様に。
でも、折木さんの顔が見たかったんです。
さっきまで二人でお話をしていたのに、変ですよね。
少しでも多くの時間を一緒に過ごしたかったのかもしれません。 ちょっと恥ずかしいですが。
ですがまた、もう一度折木さんに会えると思ったら……足取りが軽くなりました。
折木さんの家には何度も行った事があったので、道はしっかりと覚えています。
もう学校から大分歩いた様で、そろそろ折木さんの家が見えてくる筈です。
この角を曲がれば……
679: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:14:01.35 ID:KSr2VJAB0
あ、見えてきました。
そのまま向かっている途中で、違和感を感じます。
える(ドアが開いている? 誰か居るのでしょうか)
そしてそーっと、覗き込みます。
折木さんの家のドアには、入須さん?
……どういう事でしょう?
あくまでも私が感じた事ですが……折木さんと入須さんは、そこまで仲が良かった様に思えません。
盗み見るのは良い事とは言えませんが……少し、気になります。
奉太郎「ありがとうございます、入須先輩」
入須「構わないさ、それより明日、いいか?」
奉太郎「ええ、分かってます」
そしてそのまま、入須さんは私が居る方に向かってきます。
咄嗟に、隠れてしまいました。
外壁の角に隠れていた私の前を入須さんが通っていきます。
今こちら側を向かれたら見つかってしまいますが……偶然と言う事にすれば大丈夫でしょう。
でも、私は見てしまったんです。
入須さんが、とても幸せそうな顔をしていたのを。
680: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:14:27.12 ID:KSr2VJAB0
~古典部~
昨日は結局、そのまま帰ってしまいました。
何故か、会う気分にはならなくなってしまって……結局本は渡せませんでした。
奉太郎「千反田だけか」
折木さんがそう言い、部室へと入ってきます。
える「こんにちは、折木さん」
える「あの、これ……」
私はそう言い、鞄から折木さんの小説を取り出します。
える「昨日、忘れていましたよ」
奉太郎「おお、ありがとう」
奉太郎「……でも、なんで千反田がこれを持っていたんだ?」
あ、これはうっかりしていました……
681: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:15:07.05 ID:KSr2VJAB0
える「あ、そ、それはですね」
える「……今日、折木さんが来なかったら届けようかと思っていたので」
つい、口から嘘が出てしまいます。
折木さんはいつも、私を真面目な人だと言ってくれますが、そんな事は無いです。
……私は結構、卑怯なのかもしれません。
奉太郎「そうだったのか、わざわざそこまでしてくれなくてもいいのに」
える「……ふふ、そうですか」
昨日何があったのかと聞きたかったです、ですが……
それは折木さんのプライベートな事になるかもしれないです、ですので私は聞けませんでした。
奉太郎「ああ、そうだ」
折木さんが思い出したかの様に、口を開きます。
える「はい、なんでしょう」
奉太郎「明日からその、バイトをする事になった」
682: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:15:32.88 ID:KSr2VJAB0
折木さんがバイト?
……昨日の事と、何か関係がありそうです。
でも、入須さんに頼まれたからといって……折木さんがバイトをするとは思えません。
何でしょうか……こんな時、折木さんに相談すればすぐに解決するのですが……
その気になる事が折木さん自身の事ですので、さすがに相談できません。
奉太郎「……おい、聞いてるか?」
える「え、は、はい」
つい、私は考え込んでしまってました。
える「……頑張ってください」
としか、私には言えませんでした。
奉太郎「まあ、そんな訳でちょっと部活に出れる時間が少なくなる」
える「……そうですよね、分かりました」
683: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:16:09.91 ID:KSr2VJAB0
それっきり、会話はありませんでした。
5分ほど経ったころ、折木さんが口を開きます。
奉太郎「今日もちょっと用事があるから……悪いな」
える「いえ、構いませんよ」
える「頑張ってくださいね、折木さん」
昨日聞こえた会話からすると、また入須さんと会うのでしょうか。
私に何か言えた事では無いですが……何でしょうか、この気持ちは。
奉太郎「ああ、またな」
最後にそう言うと、折木さんは帰っていきました。
やっぱり、ちょっと寂しいです。
私はその後、一人で本を読んでいました。
今日は多分、福部さんも摩耶花さんも部室に来ると思います。
折木さんがあまり来れなくなると言う事も伝えなくてはなりません。
684: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:16:36.84 ID:KSr2VJAB0
そんな思いが通じたのか、福部さんと摩耶花さんは一緒に部室へと来ました。
摩耶花「あれ、ちーちゃんだけ?」
里志「こんにちは、千反田さん」
える「お二人とも、こんにちは」
挨拶をしながら福部さんと摩耶花さんは席に着きます。
える「折木さんは今日用事があるみたいで、帰りました」
摩耶花「……折木に用事って、そんな事あるんだ」
里志「珍しい事もあるね、まあ文集の内容はほとんど決まってるし、別にいいんじゃないかな」
える「それとですね」
える「折木さん、バイトを始めたみたいです」
私がそう言うと、福部さんと摩耶花さんは口をぽかんと開いて、次に驚きの声をあげました。
摩耶花「え、ち、ちーちゃん……今、なんて?」
里志「……ホータローがバイトを始めたとか、そんな風に聞こえたんだけど」
える「え、ええ。 バイトを始めたと言っていましたよ」
685: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:17:06.35 ID:KSr2VJAB0
摩耶花「そ、そんな訳無い!」
里志「そうだよ千反田さん! 何かの聞き間違いだよ!!」
二人とも物凄い剣幕で私に迫ってきます。 少し、怖いです……
える「あ、あの! 本当ですよ!」
摩耶花「お、折木がバイトをするなんて……」
える「お二人とも、折木さんに失礼ですよ……」
里志「……あはは、あまりにもびっくりしちゃって」
私は小さく咳払いをして、口を開きます。
える「それで少しの間部活に来る時間が少なくなると、言っていました」
摩耶花「なるほどねぇ……何か、ありそうね」
何か、とは何でしょうか……
里志「うん、僕もそう思うな」
どうやら摩耶花さんも福部さんも、何か訳があってバイトを始めたと思っているみたいです。
686: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:17:34.00 ID:KSr2VJAB0
える「……実は、私もそう思っています」
斯く言う私も、ですが。
里志「じゃあ皆、一緒の意見って言う訳だね」
摩耶花「気になるわね……少し」
里志「探りでも入れてみようか」
里志「今日の夜、ホータローに電話をしてみるよ」
摩耶花「それで、折木が理由を言うと思うの?」
里志「いいや? でもバイトの予定くらいは聞くことができると思うよ」
える「……ごめんなさい、話が見えないのですが……」
里志「つまり……ホータローを尾行するんだよ!」
そ、それは……褒められた事では無いですよ、福部さん。
摩耶花「ちょっと面白そうね、やってみたい」
える「わ、私は……」
687: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:18:08.07 ID:KSr2VJAB0
どうしましょう……私がダメと言えば、恐らくお二人もやめると思います。
ですが……気になるのも事実です。
……こうして悩んでいる時点で、答えは出ていたのかもしれません。
える「……気になります」
里志「決まりだね! じゃあ予定が分かったら連絡するよ」
摩耶花「うん、よろしくね」
える「は、はい」
そうして決まったのはいいですが……本当に、これで良かったのでしょうか?
688: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:18:49.42 ID:KSr2VJAB0
~千反田家~
える「もしもし、千反田です」
里志「あ、千反田さん? 予定が分かったよ」
える「福部さんですか、例の事ですね」
里志「そうそう、次の土曜日に入ってるらしい」
える「土曜日ですか……分かりました」
里志「13時からって言ってたから、昼前には一回集まろうか」
える「はい、場所は学校の前がいいですか?」
里志「うん、そうだね」
里志「じゃあ11時くらいに一度学校で集まろう。 摩耶花にも連絡しておくね」
える「分かりました、宜しくお願いします」
689: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:19:20.34 ID:KSr2VJAB0
こうして、日程と時間も決まりました。
土曜日に、全部分かるのでしょうか……
入須さんはあの日、何をしていたのかという事も。
折木さんがバイトを何故、始めたのかという事も分かるのでしょうか。
なんだか慣れない事をしたせいで、少し今日は眠いです。
土曜日までまだ三日あります。 今日はゆっくりと休みましょう。
ベッドに横になり、目を閉じながらふと思います。
……もしかしたら、この選択は間違いだったのかもしれない、と。
690: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:20:28.74 ID:KSr2VJAB0
~土曜~
あっという間に三日が過ぎ、今日は折木さんを尾行する日となっています。
……緊張します。
ですが、今日全部分かると思うと……少しだけ、楽しみなのかもしれません。
結局あれから、折木さんは部活には来ませんでした。
もう文集は完成していると言っても、やはり文化祭前は部活に顔を出して欲しかったです。
文化祭まで後一週間と少し……それまでにすっきりした気持ちになりたいという思いが、私の中にはありました。
この良く分からない気持ちを、何とかしたいと。
ふと時計を見ると、約束の時間が迫ってきています。
そろそろ、行きましょう。
691: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:21:20.84 ID:KSr2VJAB0
~学校前~
里志「皆、おはよう」
摩耶花「おはよ、ふくちゃん」
える「おはようございます」
私と摩耶花さんが校門の前でお話をしていたら、最後に福部さんがやってきました。
皆さんには言っていませんが……実は、昨日の夜に折木さんと電話をしていました。
私は土曜日にバイトが入っているのを知っていて、明日遊べませんかと聞きました。
ですがやはり、13時からバイトが入っていると言われ、安心できたのを覚えています。
福部さんには冗談で嘘を付く可能性があったと思ったから聞いたのですが、どうやら私の思い違いの様でした。
……悪いことをしたとは、思っています。
692: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:22:04.51 ID:KSr2VJAB0
里志「千反田さん? いくよ?」
える「あ、ごめんなさい。 行きましょうか」
歩きながら、今日の計画について話し合いをします。
摩耶花「まずは折木の家の前で出てくるのを待つのよね」
里志「その後はホータローがどこに行くのかを尾行しながら確認する」
える「あの、これってストーカーと言う物では……」
摩耶花「……違うと思いたい」
里志「まあ、大丈夫だよ」
福部さんが何に対して大丈夫と言ったのか分かりませんが……大丈夫なのでしょう。
里志「とりあえずはばれない様にしないとね、ばれたら全部終わりさ」
摩耶花「そうね。 でも折木が気付くとも思えないけどね」
里志「はは、確かに言えてるかもしれない。 多分横に並んでも気付かないんじゃないかな」
摩耶花「そう、かも。 もしかしたら目の前に出ても気付かないかもね」
里志「叩いてようやく気付く、みたいなね」
693: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:22:53.76 ID:KSr2VJAB0
える「……お二人とも、言いすぎです」
里志「ご、ごめんごめん」
摩耶花「ち、ちーちゃん怒ってる?」
あれ、私は……怒っているのでしょうか。
折木さんを悪く言われて? 分かりません。
える「かもしれないです」
摩耶花「そ、そんなつもりじゃなかったの。 ごめんねちーちゃん」
える「ふふ、大丈夫ですよ」
里志「あ、あそこだね。 ホータローの家は」
気付けば折木さんの家の前でした。
える「今は何時でしょう?」
里志「ええっと……12時だね」
摩耶花「え、それって……まずくない?」
える「え? 何故ですか?」
摩耶花「だって、バイトに行くまでの時間もあるでしょ」
摩耶花「そろそろ出てくるんじゃないかなって」
あ! ドアが開きました!
694: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:23:50.14 ID:KSr2VJAB0
里志「か、隠れて!」
福部さんのその声に体を動かされ、物陰へと身を潜めます。
摩耶花「……本当に行くみたいね、折木」
里志「……みたいだね」
折木さんは幸い、歩いて向かう様でした。 自転車を使われてしまったら……その時点で尾行は終わりです。
える「……駅の方に向かっていますね、バイトがそっちなんでしょうか?」
里志「……だと思うよ。 あっちにはお店がいっぱいあるし」
摩耶花「……そろそろ動こう、見失う前に」
える「……ええ、そうですね」
私達は顔を見合わせると、ゆっくりと歩く折木さんと結構な距離を置き、付いて行きます。
そして10分程歩いたところで、折木さんは一度立ち止まりました。
喫茶店の前で腕を組み、空を見上げています。
喫茶店の名前は、一二三。
695: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:24:20.83 ID:KSr2VJAB0
里志「……何をしているんだろう」
摩耶花「……誰か、人を待っているとか?」
える「……同じバイトのお友達、とかでしょうか?」
里志「……うーん、どうだろう」
それから更に10分程時間を置いて、人が一人やってきました。
里志「……あれは、はは」
摩耶花「……うっそ、なんで?」
える「……入須さん……」
折木さんが待っていた人は、入須さんでした。
何か、私の心の中でぐるぐると回る嫌な感じを必死に抑え、口を開きます。
える「……あの、どういう事なんでしょうか」
696: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:24:49.34 ID:KSr2VJAB0
里志「……さあ、ちょっと分からない」
摩耶花「……あいつ、私達に嘘付いてたの?」
える「……ま、まだそうと決まった訳じゃないです」
える「……移動しますよ、付いて行きましょう」
摩耶花「……うん、そだね」
それからしばらくの間付いて行き、様子を見ていました。
最初に服屋へ入り、次にアクセサリーショップに入り、それはまるで。
デートの様に私には見えました。
里志「……もう、いいんじゃないかな」
里志「……ホータローは僕達に嘘を付いていた、入須先輩と遊ぶために」
里志「……それが事実だと思うよ」
697: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:25:14.28 ID:KSr2VJAB0
摩耶花「……でも、なんで」
摩耶花「……だって、あいつは」
里志「……摩耶花、その先は」
摩耶花「……ご、ごめん」
える「……まだ、です」
私も、分かっていました。
入須さんと遊ぶために、折木さんが私達に嘘を付いていた事を。
でも、それでも。
える「……まだ、13時まで10分あります」
摩耶花「……ちーちゃん……」
里志「……分かったよ、続けよう」
それからまた少し、後を付けます。
1分、また1分と時間が経って行き……やがて。
698: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:25:53.09 ID:KSr2VJAB0
里志「……13時になったね」
える「……」
摩耶花「……もう、やめよう」
里志「……もういいかな、千反田さん」
える「……はい」
本当は、分かっていたんです。
入須さんと会ったときから、分かっていたんです。
尾行を終え、歩いていく二人を私は見ていました。
折木さんと入須さんはやがて、遠くの人ごみへと消えていきます。
える「すいません、私……分かっていたんです」
699: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:26:37.09 ID:KSr2VJAB0
里志「……分かっていた? どういう事かな」
える「昨日、折木さんの所へ電話したんです」
える「明日、遊べないかと」
摩耶花「それって、ちーちゃん……」
える「でも、バイトがあると言われて……」
里志「……そうかい」
える「入須さんと会った時から、分かっていたんです」
える「折木さんが私に、嘘を付いたんだって」
摩耶花「あいつ! なんでそんな事……」
える「……ごめんなさい、私、帰りますね」
そう言い残し、私は小走りで家へと帰ります。
700: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:27:04.74 ID:KSr2VJAB0
摩耶花「待って! ちーちゃん!」
後ろから摩耶花さんの声が聞こえましたが、振り返る事は出来ませんでした。
里志「摩耶花、放って置いてあげよう」
摩耶花「で、でも!」
里志「……いいから」
お二人の会話が後ろから聞こえて、少し福部さんに感謝します。
……泣いている顔は、あまり人に見られたくありません。
第22話
おわり
701: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:28:02.11 ID:KSr2VJAB0
以上で第22話、終わりとなります。
そしてしばらくの間、えるたそ視点へとなります。
702: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) 2012/09/23(日) 23:09:24.12 ID:sR3CKl/AO
バイトの話と入須先輩との関係はお約束のあれだと思うけど
「何時しかすり替わることもある」と本人談だしこれはニヤニヤ
えるほーもいりほー大好物なので、とてもいい展開です
このスレに至ってはえるほーじゃなきゃ嫌だけど
内容、投下間隔共に素晴らしいです
次回も、私、気になります!
704: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/23(日) 23:18:02.89 ID:wM8hpJmyo
乙
ちーちゃん視点に期待
707: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/24(月) 14:30:58.72 ID:hIC8dXato
乙です!
私、続きが気になって仕事に身が入りません!
708: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/24(月) 20:36:29.13 ID:yqmgXH/+o
私、仕事がありません!
709: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) 2012/09/24(月) 20:53:23.54 ID:MelfsVbAO
私も仕事がありません!
奉太郎よ、これが本当の省エネだ
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- 2012/09/23(日) 23:47:00|
- 氷菓
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