257: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:03:12.82 ID:i9ZekBNR0
ご無沙汰です
ちょっと短いですが投下致します
タイトルは
える「お花見に行きませんか?」
258: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:04:16.76 ID:i9ZekBNR0
える「お花見に行きませんか?」
千反田が突然言った。
いや、突然ではなかったかも知れない。俺はそれまでの話を聴いていなかったから。
ただその言葉だけは、何故か俺の耳に届いたのだ。
摩耶花「いいわね、……って言いたいけど、桜の季節にはちょっと遅くない?」
里志「摩耶花。お花見は何も桜じゃなくちゃいけないってことはないよ」
える「いいえ、桜なんです。ちょっと山の方になるんですけど、それは見事なしだれ桜があって。
家から少し歩きますけど、ちゃんと整備された所ではないので人も少ないはずです」
里志「へえ、それは是非見てみたいものだね。僕の知らない桜スポットがあったなんて」
える「そろそろ見ごろですよ。明後日の休みなんかちょうどいいのではないでしょうか」
摩耶花「わたしも見てみたい……。あ、でも山って言ってたけど、勝手に入って大丈夫なのかな」
える「それは大丈夫です。その山の持ち主の方と知り合いなので、許可を取ります」
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奉太郎「旧交を温めよう」引用元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1347361511/
259: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:05:18.81 ID:i9ZekBNR0
里志「流石は豪農千反田家だね。山持ちにも知り合いが多いってわけだ」
里志が少し大袈裟な言い方をする。千反田は少し恥ずかしそうに笑った。
摩耶花「でもお花見か……。うん、いいかも。行こう行こう!」
える「決まりですね! ……もちろん折木さんも行きますよね?」
突然俺に水が向けられる。……いや、予想はしていたが。
奉太郎「あ、ああ、そうだな」
伊原が冷たい目を向ける。
摩耶花「あんた、どうせまた聴いてなかったんでしょ?」
奉太郎「いや、聴いてたぞ? 千反田の家の近くに桜の名所があるから、花見に行こうって話だろ?」
里志が手を叩く。
里志「いやあ、ホータローにしちゃあ上出来だよ。まあ概ねそういうことだね」
摩耶花「で、行くの? 行かないの?」
える「……」
千反田がキラキラした瞳を向けてくる。俺はこの眼に弱いのだ。
260: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:06:34.98 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「そうだな。行くのも悪くないか……」
途端千反田の顔が輝く。
える「よかった……。やっぱりみんなで行かないとつまりませんから」
俺は千反田から視線を外した。
里志「よし、決まりだね。行くのは明後日として、集合場所とかはどうする?」
える「わたしの家に集合というのはどうでしょう。時間は……、10時半頃が良いと思います」
摩耶花「そうね、どの道ちーちゃんがいないと場所もわからないし、ちーちゃんに任せるわ」
里志「……というわけだよ。ホータロー、復唱」
奉太郎「10時半に千反田の家だろ。聴いてたよ」
摩耶花「それにしてもお花見かぁ……。久しぶりだから楽しみね」
える「そうそう、言い忘れてました。道中少し険しい所もあるので、それなりの格好をしてきてください」
里志「それなりと言うと、半袖半ズボンなんかはやめた方が良いのかな?」
える「そうですね。それとスカートも、ですね」
そんなに険しいのか。俺は行くと言ったことを少し後悔し始めていた。
261: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:08:22.32 ID:i9ZekBNR0
次の日の昼休み、千反田と出会った。
千反田は俺の姿を認めると嬉しそうに駆け寄ってくる。可愛い奴だ。だが廊下は走るなよ。
える「折木さん、明日が楽しみですね!」
奉太郎「ああ、そうだな」
える「折木さん、何か食べたい物ありますか?」
奉太郎「え?」
える「明日はわたしが皆さんの分のお弁当を作りますから。折木さんの好きな物を入れられたらと思って……」
奉太郎「そうか、悪いな」
える「いいえ、ちっとも。で、何か好きな物、ありませんか?」
千反田は例のキラキラした瞳で見つめてくる。
奉太郎「食べやすい物がいいな」
途端に千反田の目がジトッとしたものに変わる。
える「……折木さん?」
奉太郎「い、いや、冗談だ。おにぎりだといいよな。あとは煮物か」
える「はいっ。おにぎりと煮物ですね! ……うふふ、腕が鳴ります」
千反田はいつになく張り切っている。俺はその瞳に密かな闘志を見て取った。
える「楽しみですね、折木さん!」
二度目だ。よっぽど楽しみなんだな。
える「それでは折木さん、また放課後お会いしましょう」
奉太郎「ああ、またな」
俺は駆けていく千反田の後姿を見送った。廊下は走るなよ……。
262: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:10:02.28 ID:i9ZekBNR0
風呂から上がってリビングでくつろいでいると、突然電話が鳴った。
……まあ電話という物は大抵突然鳴るよな、と思いながら受話器を取る。
奉太郎「はい、折木ですが」
??『もしもし、夜分遅くに申し訳ございません。千反田えると申します。奉太郎さんはご在宅でしょうか?』
受話器の向こうからは耳馴染みの声が聞こえてきた。
奉太郎「なんだ千反田か」
える『はい、わたしです。まだお休みではなかったですか?』
奉太郎「ああ、風呂から上がったところだ」
える『わたしもです。ふふっ、一緒ですね。』
嬉しそうに言う。だがそうかと思えば次の瞬間には。
える『それにしても酷いです。“なんだ千反田か”だなんて。せっかく電話したのにあんまりです』
プリプリと怒り出した。忙しい奴だ。
奉太郎「いや、すまん。ついな。そんなつもりじゃなかったんだ」
える『はい、わかってます。ちょっと言ってみたくなっただけです。……ごめんなさい』
俺はちょっとホッとした。
263: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:11:13.51 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「それで何か用か?」
える『折木さん、明日はお花見ですよ!』
奉太郎「ああ、憶えてるぞ」
える『10時半にわたしの家に来てくださいね!』
奉太郎「ああ、大丈夫だ。……多分」
える『お弁当はわたしが作るので持ってこなくていいですよ!』
奉太郎「ありがたいな」
こいつはわざわざ確認のために電話してきたのか。まめな奴だ。
……俺はそんなにいい加減な奴だと思われてるのだろうか?
そんなことを思い少し落ち込んでいると、千反田がそれを察したように言った。
える『うふ、本当はですね……』
奉太郎「な、何だよ」
える『寝る前に折木さんの声が聞きたかったんです』
奉太郎「あ……」
俺の顔は紅くなったに違いない。やるな、千反田える。
える『それでは名残惜しいですが、折木さん。おやすみなさい。明日、楽しみですね』
奉太郎「あ、ああ。おやすみ、千反田」
千反田が電話を切る。俺はゆっくり受話器を置いた。
264: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:12:19.52 ID:i9ZekBNR0
翌日、里志との待ち合わせ場所で俺は待ちぼうけていた。
……もうすぐ10時10分。時間を10分も過ぎている。
あいつは時々時間にルーズで困る。
だがもう少し待っててやるか。
空を見上げる。少し雲はあるが、実に良い天気だ。絶好の花見日和と言えるだろう。
飛行機が雲の尾を引いて飛んでいる。
全体に時間がのんびりと進んでいる気がする。これも春だからか。
しかし実際には時間は待ってはくれないのだ。里志もそれをわかってくれるといいのだが。
奉太郎(ようやくお出ましか)
里志の姿を確認。時間はちょうど10時10分を指していた。
俺は自転車を走らせる。
里志が後ろから猛スピードで追いついてきた。
265: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:15:43.89 ID:i9ZekBNR0
里志「ごめん、ホータロー。少し遅れちゃったよ」
全く悪びれずに里志が言う。
奉太郎「別にいいけどな。だが少し急いだ方がいいかも知れん」
里志「そうだね。遅れるわけにはいかない」
俺と里志はスピードを上げる。
田園地帯に差し掛かったところで里志が言った。
里志「それにしても、この時期に桜が見られるなんて思わなかったなあ!」
奉太郎「楽しそうだな」
里志「そりゃあね。みんなで遊びに行くんだ。楽しいに決まってる。ホータローは楽しみじゃないのかい?」
俺は少し考える。まあ楽しみでなければわざわざ来ないよな。
奉太郎「そりゃあ、俺だって少しは……」
里志「そうだろうとも! そうでなくちゃいけないや。たとえ灰色のホータローでもね」
奉太郎「またそれか。俺は……」
里志「冗談さ。最近のホータローが薔薇色してるってのは僕もわかってるつもりだよ」
奉太郎「……」
里志が言ってるのは千反田とのことだろう。俺と千反田が付き合い始めたことを言ってるのだ。
でも、薔薇色なんて言われると戸惑ってしまう。自分ではそう変わったとは思わないのだが……。
だが、言い返すのが面倒で、俺は黙り込むのだった。
266: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:17:15.24 ID:i9ZekBNR0
千反田の家には10時半3分前に到着した。
里志「ふぃ~、結構ギリギリだったね。でもセーフだ」
奉太郎「お前がもっと余裕を持っていれば、こんなギリギリにはならなかったんだがな」
里志「それは言わない約束で。さあ、行こう!」
俺と里志は門をくぐり、母屋の玄関まで歩いていく。
しかし本当に広い屋敷だ。3分前に着いてもこれじゃ本当にギリギリになってしまう。
里志が玄関のチャイムを鳴らす。出てきたのは……。
摩耶花「……遅い」
伊原だった。
里志「やあ、おはよう。摩耶花は早いね」
える「摩耶花さんは早く来て、お弁当作りを手伝ってくれたんです」
いつの間に来たのか、千反田が言った。
摩耶花「もう、ホントに約束の時間ギリギリじゃない。どうせふくちゃんがまた遅れたんでしょ」
里志「か、勘弁してくれよ。間に合ったんだからいいじゃないか……」
える「お待ちしていました。折木さん、福部さん」
奉太郎「おはよう。今日は世話になる」
267: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:18:10.18 ID:i9ZekBNR0
える「さてと。それじゃそろそろ行きましょうか」
摩耶花「そうね。忘れ物とかないわよね」
里志「重い荷物は僕たちが持つよ。ね、ホータロー」
奉太郎「あ、ああ、そうだな」
流石に嫌とは言えない。にしてもこれ全部弁当なのか。四人分とはいえ、本当にかなり重い。
える「すみません……。お願いしますね」
千反田は髪は後ろで纏めて、薄緑のシャツに下は白いジーンズをはいている。
千反田のズボン姿は初めて見た。……少なくとも私服では。
える「ええと。ではわたしの後ろに付いて来てください。大体1時間くらいかかります」
里志「はーい!」
摩耶花「ちーちゃん、何だか引率の先生みたいね」
千反田が頬を染める。実は俺も伊原と同じことを思った。
える「と、とにかく行きましょう!」
千反田が歩き出す。俺たち三人も後に続いて歩き出した。
268: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:19:36.34 ID:i9ZekBNR0
える「ここから山道に入ります。途中少し険しいところもありますから、注意してください」
千反田が立ち止まり、俺たちに説明する。
古典部一行、山に入る。
摩耶花「新緑が気持ちいいわね」
里志「やあ、本当だ。桜もいいけどこれも見事だよ」
こいつら何でこんなに元気なんだ。俺は山道と聞いただけでドッと疲れたというのに。
奉太郎「熊とか出ないだろうな」
える「さあ、山ですから出るかも知れません」
摩耶花「ええっ、ホントに!? ……出たらどうしようふくちゃん」
里志「熊に出会ったら死んだフリというのは、実は正しくないんだ。そもそも……」
里志の講釈が始まった。俺は千反田の方を向く。
える「熊除けの鈴、持ってきた方が良かったでしょうか……」
などとつぶやいている。
熊が出ないことを祈るばかりだ。
269: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:21:02.20 ID:i9ZekBNR0
それは山に入って30分くらい来たところだった。
みんなだんだんと口数が少なくなってくる。
木々はうっそうと茂り、太陽の光も地上までは届かない。
道には木の根が這っていたりして、流石に歩きにくい。
千反田が歩きながら後ろを振り返り、俺たちに注意を促す。
える「この辺りは滑りやすいので注意してください。……きゃあっ!」
奉太郎「千反田!」
千反田が足を取られて体勢を崩す。俺は手を伸ばすが……。
――ズシーン!
間に合わず、見事に尻餅をついてしまう。
摩耶花「ちーちゃん、大丈夫!?」
里志「千反田さん!」
奉太郎「大丈夫か?」
俺は手を差し出す。
える「あ、ありがとうございます。……大丈夫です。少しお尻を打っただけで……」
立ち上がった千反田は、その場で跳ねたり足踏みしたりしていたが。
える「何ともないようです。ご心配をお掛けしました」
よかった。三人安堵の溜め息を吐く。
える「じゃ、じゃあ行きましょうか」
千反田は少し恥ずかしそうに言うと歩き出した。
270: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:22:11.18 ID:i9ZekBNR0
える「そろそろですよ」
やっとか。正直もうヘロヘロだ……。着くなら早く着いてくれ。
突如視界が開ける。眩しさに思わず顔をしかめる。
摩耶花「わぁ……」
里志「すごい! 満開だ!」
里志と伊原が桜の木に向かって走り出す。千反田もそれを追った。
……俺はといえば、情けない限りだがとても桜を楽しむ余裕などない。
何とか歩いていって、桜の木から少し離れたところに荷物を置き、草むらに大の字に寝転がった。
三人のはしゃぐ声が聞こえる。……何であいつらあんなに元気なんだ?
風が俺の顔を撫でる。
ああ、いい気持ちだ。このまま眠ったらもっと気持ちいいだろうな。俺は目を閉じた。
………………。
える「折木さん」
目を開けると千反田の顔が近くにあった。
える「綺麗ですよ。折木さんも行きましょうよ!」
奉太郎「……もう少し休ませてくれ」
える「つまらないです……」
千反田は膨れながらも俺の隣に腰を下ろした。
271: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:22:57.13 ID:i9ZekBNR0
……そろそろいいかな。
俺は立ち上がる。
奉太郎「行こうか、千反田」
える「え? あ、はい!」
そうして千反田と二人、桜の木に歩いていった。
奉太郎「ほう……」
これはこれは。
える「ね、凄いでしょう?」
奉太郎「……ああ」
それは見事なしだれ桜だった。
巨大な木だ。何といっても幹が太い。樹齢何百年と経っているんじゃなかろうか。
その木に花が満開に咲いている。凄い迫力だ。俺は圧倒されていた。
一面に桜吹雪が舞っている。
そんな中佇む千反田を見て、俺は……。
奉太郎「綺麗だな」
える「はい、本当に」
272: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:23:54.08 ID:i9ZekBNR0
える「そろそろお弁当にしましょうか」
摩耶花「さんせーい!」
里志「待ってました!」
俺と里志で桜の木の下にシートを敷く。
里志「ホータロー! そっちもうちょっと引っ張ってよ!」
そうがっつくなよ。弁当は逃げたりしないぞ。
……よし。こんなものか。
千反田が俺の持ってきた鞄から風呂敷包みを取り出す。
伊原も里志の持ってきた鞄から同じように風呂敷包みを取り出した。
える「ふふっ、摩耶花さんとわたしの特製です」
摩耶花「よおく味わって食べてよね」
里志「すごい! 重箱だ!」
里志が感嘆の声を漏らす。確かに凄い量だ。
える「おにぎりもたくさんありますよ」
一同「いただきまーす!」
273: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:24:47.46 ID:i9ZekBNR0
里志「美味しいなあ! あれもこれもそれも!」
摩耶花「ふくちゃんがっつきすぎ。ちゃんと味わってる?」
千反田がそんな二人を微笑ましそうに見守っている。
俺はそんな千反田を見つめながらおにぎりをパクついていた。
重箱に箸を伸ばす。これは……、筑前煮か。
……。うん、よく味が染みている。
ふと千反田が俺の方を見ているのに気が付いた。
える「……いかがですか? 折木さん」
奉太郎「ああ、よく味が染みていて美味いぞ」
える「よかったです。気合入れて作ったんですよ、それ」
千反田が嬉しそうに言う。
そういえば昨日千反田に訊かれたんだっけ。弁当はどんなのがいいか。
ご飯もちゃんとおにぎりだし、千反田は俺の希望を最大限汲んでくれたのか。
そう思うと嬉しかった。ありがとう、千反田。
274: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:25:33.22 ID:i9ZekBNR0
ちょっと多すぎでは、と思った弁当だったが、四人で見事に完食した。
山道を歩いてみんな腹が減っていたのだろう。
里志「はぁ、食べた食べた……。幸せな気分だ」
里志がゴロンと横になって言う。
える「折木さん、お茶をどうぞ」
奉太郎「ああ、ありがとう……」
千反田が差し出してくれたカップに手を伸ばしたそのとき……。
奉太郎「あ……」
える「あら」
カップの中に桜の花びらが一枚舞い降りた。
える「うふふ、何だか風流ですね」
奉太郎「そうだな……」
俺たちは、しばらく手を重ね合わせていた
275: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:26:44.91 ID:i9ZekBNR0
摩耶花「どうしよう、ふくちゃん寝ちゃったよぉ」
奉太郎「寝かせといてやれよ。幸せそうな寝顔だぞ」
摩耶花「うん……」
と、桜の木の裏側から千反田が手招きをする。
える「折木さん折木さん」
奉太郎「どうした?」
千反田が俺の耳元でささやいた。
える「膝枕、しませんか?」
奉太郎「膝枕?」
千反田が恥ずかしそうに俯く。
える「その、折木さんがお嫌でなければ……」
もちろん、嫌なわけがない。だが……。
奉太郎「ずいぶん突然だな」
千反田が頬を染める。
える「はい……、あの……、ダメ、ですか?」
そんな顔をされると俺も弱い。折角なので膝枕をしてもらうことにした。
千反田の太腿の上に頭を載せる。……柔らかい。思ったよりずっと。
奉太郎「ああ、いい気持ちだ……」
える「よかったら、眠ってもいいんですよ」
ああ、確かに眠くなってきた。里志も寝てるしいいよな……。
俺は千反田の顔と桜の木を見上げながら、幸せな気分で眠りに落ちていった……。
276: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:27:57.47 ID:i9ZekBNR0
……。
目の前に千反田の顔がある。バックには桜の花が咲いている。
ああ、そうか。千反田に膝枕をしてもらって、そのまま寝てたんだっけ。
千反田は桜の木に寄りかかって眠っているようだ。
俺は千反田の頬を人差し指で突付いてみる。
える「う……、うん……」
起きない。俺はなおも千反田の頬を責める。
える「……ダメ、れす。おれきさぁん……」
奉太郎(面白い……)
勝手に立ち上がるのは何故か躊躇われたので、何としても起こそうとする。
引っ張ったりつねったりしてみる。……許せよ、千反田。
える「ひゃあ! や、やめてくらひゃい……。激しすぎです……」
こいつはどんな夢を見てるんだ。気になったが、俺は最終手段に出た。
奉太郎「千反田ー?」
両手で千反田の頬を挟むように、ペシペシと叩いた。
える「……あ、折木さん……?」
奉太郎「起こしてしまってすまないが、そろそろ起き上がっていいか?」
える「あ、はい、どうぞ!」
千反田の顔が紅く染まり、サッと視線を外されてしまった。
277: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:29:00.76 ID:i9ZekBNR0
桜の木の反対側を覗く。
そこには仲良く並んで寝ている里志と伊原の姿があった。
える「……気持ち良さそうですね」
奉太郎「みんなで寝てたってわけか……」
える「もう3時ですね……。そろそろ山を下りましょうか?」
奉太郎「そうするか」
俺は二人を起こす。
奉太郎「里志、伊原。起きろー」
里志「むにゃあい……」
摩耶花「なぁにぃ、もう晩ゴハン……?」
こうして古典部の少し遅い花見は幕を閉じた。
幸い帰り道でも、熊には出会わなかった。
願わくば、今度は千反田と二人で来たい、と思ったり。……口に出しては言わなかったが。
278: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:29:52.28 ID:i9ZekBNR0
里志「いやあ、よかったねえ! いいもの見せてもらったよ、千反田さん」
摩耶花「ホント、凄かったよね。来年も来れるといいわね」
える「うふふ、楽しかったですね。それでは皆さん……」
奉太郎「ああ、じゃあな」
三人自転車で走り出す。……と思ったら。
える「待ってください、折木さん!」
奉太郎「どうかしたか?」
俺は自転車を止める。里志と伊原は先に行ってしまった。
千反田が小走りに駆けてきて、そっと耳打ちする。
える「今晩7時頃家に来てくれませんか? 見せたいものがあるんです」
奉太郎「一体何だ?」
える「秘密です。お待ちしていますね」
奉太郎「あ、ああ」
何だろう? 気になりながらも、俺は帰路に着いた。
279: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:31:14.20 ID:i9ZekBNR0
その夜、俺は飯を食ってから家を出た。時間は6時半。十分間に合う時間だ。
もう辺りはすっかり暗い。田園地帯に入ると目立った灯りもなく、寂しい限りだ。
とはいえ今日は月が出ていた。
道を歩くには十分な光量だ。……自転車だが。
千反田の家が見えてきた頃、少し先の方に人影が見えた。
地元の農家の人だろうか。軽く会釈をして通り過ぎる。
……と思ったら、声を掛けられた。『折木さん!』。……ええっ!?
奉太郎「千反田!?」
える「そうです、わたしです。こんばんは、折木さん」
俺は自転車から降りて引き返す。それにしてもびっくりした。
奉太郎「どうしたんだ? 言われたとおり、お前の家に行くところだったんだが」
千反田は、えへへ、と恥ずかしそうに笑うと言った。
える「折木さんが来るのが待ち遠しくて。つい家の外まで見に来ちゃいました……」
奉太郎「ああ……」
まったくこいつは。わざとやっているのだろうか?
自転車を押してなけりゃ、思わず抱き締めてるところだ。
える「さ、行きましょう。折木さん」
奉太郎「ここじゃダメなのか?」
える「ダメです。場所が悪いです。家まで来てください」
場所が悪い? 俺は千反田が何を見せたいのか、何となく見当がつき始めていた。
280: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:32:04.54 ID:i9ZekBNR0
える「さあ、上がってください」
奉太郎「お邪魔します」
俺は千反田邸へと足を踏み入れた。しかし、何度見ても大きな屋敷だ。
える「裏庭の方です。付いて来てください」
立派な庭園だけじゃなく、裏庭もあるのか。まあ洗濯物を干したりするんだろう。
そして俺たちは裏庭と思しき場所に着いた。
奉太郎「裏庭も広いんだな、千反田の家は」
洗濯物を干すとかいうレベルではなかった。ちゃんとした庭だ。
える「見てください、折木さん」
千反田が指差す方を眺める。そこには……。
奉太郎「おお……」
遠く山の方には月が出ている。そしてその下方には……。
奉太郎「あれは今日の桜か……」
大きなしだれ桜の木が、月の光を浴びて輝いていた。
281: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:33:28.62 ID:i9ZekBNR0
幻想的に浮かび上がるその光景に、俺は心を奪われていた。
というより……。
える「綺麗ですね……」
千反田がうっとりした表情で言う。
奉太郎「そうだな……」
俺は千反田からそっと視線を外して、また山の方を見る。
える「この光景は、折木さんとふたりで見たかったんです」
千反田が俺の方を向いて微笑む。
俺は照れくささで言葉に詰まってしまった。
える「昼は友達と。夜はこうして、折木さんと。何だか贅沢すぎて、怖くなってしまいます」
俺は無言で千反田の肩を抱き寄せる。
そうして俺たちは月が沈むまで、その光景を眺めていた。
282: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:36:26.15 ID:i9ZekBNR0
お終いです
今回はおまけがありません…
そこまで手が回らず…
すみません…
283: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:42:33.03 ID:i9ZekBNR0
と思ったが、やっぱ書く
以下おまけ
284: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2012/09/29(土) 00:44:08.71 ID:sx16AFlko
えるたそ大胆たそ~
285: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:53:29.44 ID:i9ZekBNR0
お・ま・け♪
月が沈んだ。
桜はもう見えなくなってしまった。
俺は抱き寄せていた千反田の肩を放すと、千反田に向き直る。
奉太郎「ありがとうな、千反田。実は昼間も思ってたんだ。……お前とふたりで見たかったって」
える「折木さん……」
奉太郎「こうしてお前と桜が見られてよかったよ」
える「わたしだってそうです。……お付き合いありがとうございました」
千反田が微笑む。
……その笑顔は、桜より綺麗だな、と思った。
……言わないけど。
286: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:00:57.36 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「さて、じゃあそろそろ……」
える「え、もう帰っちゃうんですか?」
もうってお前……。時間も8時は過ぎてるだろうし、あまり長居するわけにも……。
奉太郎「ああ、明日は学校もあるしな」
突然千反田がモジモジしだした。そして顔を赤らめて言う。
える「実は……、今日家の者がいないんです……」
287: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:07:35.97 ID:i9ZekBNR0
ドキン!
俺の心臓が高鳴った。
それはつまりあの、そういうことなのか?
奉太郎「い、いや、ち、千反田。そ、それはどど、どういう……」
自分でももう何を言ってるかわからない。動揺しまくっているというのはわかる。
だが千反田は。
288: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:13:53.88 ID:i9ZekBNR0
える「ぷっ、ふふっ、クスクスクス……」
笑い出した。
奉太郎「あの、千反田?」
える「……ごめんなさい。嘘です。冗談なんです」
………………。
……酷い。騙したのか。
俺は憤然と歩き出す。
える「あ、あの、折木さん?」
奉太郎「知らんっ。もう帰る」
少年の純情な心を弄びやがって。
289: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:21:31.03 ID:i9ZekBNR0
える「ねえ、待ってくださいってば!」
千反田邸を出た俺は、自転車を押し、無言で歩き続ける。
もちろん後を振り返らない。
千反田は後を必死についてくる。
える「ご、ごめんなさい、折木さん! わたしが悪かったです」
千反田が謝る。だが、まだ振り返らない。
もうちょっと焦らす必要がある。
290: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:31:49.83 ID:i9ZekBNR0
える「折木さん。あ、あの、わたし……」
奉太郎「……」
千反田の声が少し震えているのがわかる。
だが、まだだ。もうちょっと懲らしめてやろう。
える「そんな、わたしちょっと軽い気持ちで……」
奉太郎「……」
える「お、折木さぁん。ひくっ、わ、わたしのこと、嫌わないでください……。うううっ」
291: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:38:44.32 ID:i9ZekBNR0
千反田が泣き始めた。流石に俺は焦る。
自転車のスタンドを立てて、後を振り返る。
奉太郎「ち、千反田!」
だが千反田は。
える「はい」
ケロリとして微笑んでいた。
こ……、こいつ。一度ならず二度までも俺を謀ったのか。
える「どうしたんですか?」
俺は大きく溜め息を吐いた。
292: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:44:21.62 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「わかった、わかった。俺の負けだ」
千反田が嬉しそうに笑う。
える「では、勝者へのご褒美として、キス、してください」
まったく、こいつは。
敵わないな、と思った。
だが見ていろ。そのうち必ず……。
える「早くしてください」
奉太郎「はいはい」
293: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:55:18.00 ID:i9ZekBNR0
俺は千反田の唇に、自分の唇を重ね合わせた。
奉太郎「んっ……」
える「……んちゅ」
奉太郎「これで満足ですか? お嬢様」
える「はい、満足です」
千反田は手で唇を押さえながら、それはそれは嬉しそうだった。
奉太郎「じゃあな、千反田」
える「はい、また明日、学校で」
俺と千反田は、それぞれ別れを告げる。
える「また一緒に見られるといいですね」
奉太郎「……そうだな」
俺は自転車を漕ぎ出す。
千反田は後で手を振っている。
俺は何度か振り返るが、その姿は夜の闇に紛れ、すぐに見えなくなってしまうのだった。
お終い
294: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 03:02:59.59 ID:9T0hJ8W5o
乙
295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) 2012/09/29(土) 05:17:44.64 ID:qrWPoaAAO
えるたそ~えろたそ~
297: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 10:44:47.85 ID:i9ZekBNR0
レスありがとうございます
今朝は氷菓がなかった
寂しい…
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- 2012/10/03(水) 21:51:00|
- 氷菓
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