890: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:39:31.89 ID:CobecYnF0
こんばんは。
第28話、第29話投下致します。
891: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:40:12.34 ID:CobecYnF0
千反田が、学校を休んだ。
普通に考えれば……一日休んでも、風邪か何かを引いたのだろうと思う所だ。
しかし、どうにも嫌な感じが拭えない。
何か、何かあったのではないだろうか?
それに今日も、どうやら千反田は休んでいる様だった。
前日までの千反田は……特に変わった様子等、無かった気がする。
なんとも無い会話を四人でしていたし、具合が悪そうという事も無かった。
普通の、本当にいつも通りの千反田だった。
それが昨日と今日、学校に来ていない。
とりあえずは帰ったら、電話をしてみよう。
それで千反田に何故休んでいるのか聞けば……体調を崩したというありきたりな返事が聞けるだろう。
……そうだ、そうに違いない。
里志「ホータロー、やけに考え込んでいるね」
奉太郎「ん、ああ……ちょっとな」
そうか、俺は部室に居たんだった。
それで……里志から聞いたんだった。
千反田が学校に来ていないと言う事を。
昨日は部室に行ったが誰もおらず、今日来たら里志が居て……その事実を聞かされたんだった。
引用元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346934630/
892: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:40:42.20 ID:CobecYnF0
里志「まあ、確かに珍しいよね」
里志「でもそこまで考え込む事も無いんじゃないかな?」
奉太郎「……そう、だよな」
里志「……とは言っても、僕にも少しだけ引っ掛かる事があるんだよ」
奉太郎「引っ掛かる事? 言ってくれ」
里志の情報網は意外と侮れない、俺は今……少しでも情報が欲しかった。
里志「うん、内容は勿論千反田さんの事なんだけど」
里志「どうやら、休むという事を学校側に伝えていない様なんだよ」
つまり、無断で休んでいるという事だろうか?
あの千反田が……確かにそれは、何かおかしい。
奉太郎「……そうか」
奉太郎「やはり今日、電話してみる」
里志「そうだね、それが一番手っ取り早い」
その時、部室の扉が開かれた。
俺は一瞬、千反田が来たのかと思い……顔をそっちに向ける。
摩耶花「……やっぱり、ふくちゃんと折木だけかぁ……」
なんだ、伊原か……紛らわしいな。
摩耶花「……折木、その見るからに残念そうな顔、やめてくれない?」
摩耶花「ちーちゃんが来なくて残念なのは分かるけどねぇ」
昨日もこうだった。
当の本人が居ないからといって、伊原はこの様な事を俺に言ってくる。
だが、間違っていないのがなんとも……
893: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:41:12.12 ID:CobecYnF0
奉太郎「あーあ、伊原で残念だなぁ」
摩耶花「……きっぱり言われると少しムカツクわね」
奉太郎「……すまんすまん」
伊原は本当にムッとした顔を俺に向けながら、席に着いた。
里志「まぁまぁ、二人とも仲が良いのは分かるけど……少し落ち着こうよ」
奉太郎「……誰の事を言ってるんだ」
里志「え? それは勿論、ホータローと摩耶花の事さ」
摩耶花「ふくちゃん、冗談でも言って良い事と悪い事があるって教えてもらわなかった?」
……冗談でも駄目だったのか、ちと悲しい。
里志「あはは、悪かったよ摩耶花」
里志「それと、ホータローもね」
奉太郎「別に、お前の冗談には慣れているからな」
里志「そうかい」
さて、三人集まった所でどうしたものか。
いや、三人寄れば文殊の知恵という言葉がある。
何か……良い案が出るかもしれない。
奉太郎「……それで、二人は何か思い当たる事とか無いのか?」
里志「僕は、さっき言った事が引っ掛かるくらいかな」
摩耶花「それって、あれ?」
摩耶花「ちーちゃんが学校に無断で休んでるっていう」
里志「そうそう、情報が早いね」
なるほど……女子と言うのは噂話が好きとは聞いた事があるが……それも少しは役に立つと言う事かもしれない。
摩耶花「……教えてくれたのふくちゃんだけどね」
そうでもないかもしれない、やっぱり。
894: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:41:38.61 ID:CobecYnF0
奉太郎「つまらん冗談はやめてくれ」
奉太郎「伊原は、何か思い当たる事とか……無いか?」
摩耶花「うーん……」
伊原はそう言うと、腕を組み、視線を落とし、しばし考え込む。
やがて、伊原は顔を上げた。
摩耶花「関係あるかは分からないけど……」
摩耶花「昨日は、入須先輩も学校を休んだとは聞いたわね」
入須が? それは関係あるのだろうか? 俺にはどうにも……分からない。
里志「関係あるかどうかは、何とも言えないね」
奉太郎「……ふむ」
摩耶花「でも、入須先輩って学校を休む事は滅多に無いらしいわよ?」
……確か、入須は千反田が抱えている事情を知っていた筈だ。
それはつまり、そういう事なのか?
なら千反田は体調不良などで休んだのでは、無い。
明確な、何かしらの事情があって休んだのだ。
奉太郎「考えても、拉致が明かないな」
里志「やっぱり、直接電話するのが早いかな」
奉太郎「……ああ、今日の夜電話してみる」
俺がそう言うと、伊原が少し言い辛そうに口を開いた。
摩耶花「……実は昨日、私電話したんだ」
奉太郎「千反田にか?」
摩耶花「それ以外誰が居るって言うのよ」
ごもっとも。
895: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:42:07.93 ID:CobecYnF0
里志「それで、千反田さんは何て?」
摩耶花「……駄目だった」
奉太郎「駄目だったとは、どういう意味だ」
摩耶花「繋がらなかったのよ、誰も電話に出なかった」
誰も?
……電話に出れない状態だったのか?
奉太郎「……そうか」
里志「何だろうね、あまりいい予感は出来ないかな」
確かに、それはそうだが……口にはあまり出して欲しくなかった。
奉太郎「やはり、千反田と話すのが一番手っ取り早いな」
奉太郎「伊原は電話したのは昨日だろ? なら今日は俺が掛けてみる」
奉太郎「それでもし繋がれば、全部分かるだろ」
摩耶花「……うん、そだね」
里志「了解、任せたよ……ホータロー」
奉太郎「……ああ」
もし、出なかったらどうしようという考えは俺の中に不思議と無かった。
……その時は、そうなってしまったら……その時に考えればいいだけの事だ。
とりあえずは今日の夜、一度電話してみよう。
それで何とも無い会話をして、明日千反田は学校に来る。
それを俺は望んでいた。
896: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:42:39.00 ID:CobecYnF0
~折木家~
そろそろ、電話を掛けよう。
あまり遅くなってしまっては向こうが迷惑だろうし、今は夕飯時……居る可能性も高い。
受話器を取り、千反田の家の番号を押す。
一回……二回……
コール音が十回程鳴ったところで、俺は受話器を置いた。
駄目だ、やはり伊原の言うとおり……電話は繋がらない。
しかし……これで、諦めていいのだろうか。
明日、里志と伊原と会い、やはり電話は繋がらなかったと……言って終わりでいいのだろうか?
それでは、今までの俺の繰り返しでは無いか。
少し前に千反田を酷く傷付けた俺と、一緒ではないか。
なら……俺が取る行動は、一つしか無い。
奉太郎「……少し、出かけてくる」
供恵「最近夜遊びが多いわね、お姉さん心配よ」
奉太郎「……すぐに戻るから、ごめんな」
供恵「……あんたが素直だと少し気持ち悪いわね」
奉太郎「じゃあ、行って来る」
897: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:43:06.98 ID:CobecYnF0
そう姉貴に言うと、俺は家を出て自転車に跨った。
これなら、千反田の家まではすぐだ。
風呂にはもう入っていたが……必死で漕いだせいか、冬だと言うのに汗が気持ち悪い。
……そうか、もう冬になっていたのか。
冬休みまでは後少し……俺は何故か、今年が終わる前までに……何か大きな事が起きそうだと思っていた。
いや、思っていたというのは訂正しよう。 確信していた。
今までの事を繋げれば……俺には何が起きているのか、分かっていたのだ。
だが、まだだ。
何故、それが今起きているのかが……俺には分からなかった。
千反田が無断で休んだと言う事は、それが始まった事を意味する。
……何故、このタイミングだったのか。
恐らく、多分。
千反田は近い内に俺に例の話をしてくれるだろう。
しかしそれが分からない。
俺の予測が当たっていれば、それは今で無くても良かったのだ。
いや、むしろ……もっと早く、千反田は言うべきだったのだ。
考えろ、千反田の家まではもう少し。
それまでに、答えが出るかは分からないが……思い出すんだ。
やがて、長い下り坂に差し掛かる。
俺は漕ぐのを止め、今までの事を考える方に集中した。
奉太郎「考えろ、思い出せ……一字一句、繋がる筈だ」
898: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:43:36.98 ID:CobecYnF0
気付けば下り坂は終わりを迎え、ゆっくりと視界に千反田の家が見えてくる。
……俺は、答えを出せなかった。
こんな感じは初めてだった。
ヒントは確実に揃っている、しかし……いくら考えても答えが出る気がしなかったのだ。
それはもう……直接、聞くしか無いのかもしれない。
しかし俺はある事に気付いた。
結局、俺は千反田がただの病気では無いと……感じている事に気付いたのだ。
千反田の家が段々とでかくなっていく。
俺はそこで違和感を覚える。
通常なら……この時間、家族で夕飯を食べているか、談笑しているか。
あるいはそれが無い家庭でも、家の明かりはついている。
誰かしらが家には居る筈だ。 そうでは無い家も確かにあるかもしれないが……千反田の家はそういう家の筈。
しかし俺が今見た千反田の家には、それが無かった。
俺はようやく千反田の家の門前に着くと、どこか人気のある場所は無いか探す。
だが、いくら見回してもそれを見つけられない。
奉太郎「……誰も、居ないのか」
そんな、何故誰も居ないんだ。
……俺はあの日、里志にある事を聞いた。
沖縄に行き、三日目の夜。
千反田と伊原が花火をしていた時の事だ。
俺は里志にこう聞いたのだった。
899: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:44:04.09 ID:CobecYnF0
奉太郎「里志、スイートピーの花言葉って分かるか?」
それに対し、里志はこう答えた。
里志「色々あるよ、でも一番有名なのは【別離】かな。 別れの花として有名だね」
そう、里志はそう言ったのだ。
その時だった、俺が嫌な推測を立ててしまったのは。
千反田は時間が無いと言っていた。
そしてスイートピー。
あの日、映画館に二人で行った日……千反田は俺に花言葉は知っているかと聞いてきた。
その二つを繋げると、千反田に待っているのは……別れ。
何故そんな事を千反田が言ったのかは分からない。
だが、それが今だとしたら?
千反田の家がもぬけの殻と言うのも……納得が行ってしまう。
これで終わりなのだろうか。
これで……俺と千反田は、終わってしまうのだろうか。
……いや。
そんな事はありえない。
絶対にありえないんだ。
千反田はこうも言っていた。
必ず、俺にその話をしてくれると。
……俺はその千反田の言葉を信じる。
誰が何と言おうと、例え俺の姉貴に言われても。
里志や伊原に言われても。
あの入須に言われても。
もう、終わりだと告げられても……
俺は、千反田の言葉を信じる事にした。
900: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:44:30.06 ID:CobecYnF0
~三日後~
あれから一度も、千反田は学校に来なかった。
毎日電話をしたが……とうとう繋がることは無かった。
古典部の空気は大分暗く、気安い場所では無くなってしまっている。
だが俺は、毎日古典部へと足を運んでいた。
前触れも無く、千反田が来ると思っていたから。
そして今日も……俺は古典部へと足を向けていた。
すれ違う生徒の声が、ふと耳に入ってくる。
「そういえば、今日来てたらしいよ」
「え? 来てたって誰が?」
「H組のあの子、名前はなんだっけかな」
「あ、もしかしてあの有名な子?」
「そうそう、その子」
……
……
それは、千反田の事だろうか?
俺はそいつらにそれを聞こうと振り返るが、既に姿は無かった。
どこかの教室に入ったのかもしれないし、階段を使ったのかもしれない。
くそ、呆けていたのが失敗だった。
気付くのがもう少し早ければ、聞き出せていたのに。
それより! あいつが来ているのか?
なら、今は放課後……来るとしたら、あそこしかない。
そう思い俺は古典部へと向け、進む速度を上げる。
901: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:45:03.80 ID:CobecYnF0
~古典部~
扉を開けると、里志と伊原が居た。
俺が一番居て欲しかった千反田は……居なかった。
奉太郎「……よう」
里志「ホータローも、噂を聞いたのかい?」
噂……それは、つまりあの事か?
奉太郎「千反田が、来ていたという奴か」
里志「そう、それだよ」
里志「僕と摩耶花もね、それを聞いて急いで来たんだけど……どうやら遅かったみたいだ」
奉太郎「……元々、ただの噂だろ」
奉太郎「最初から来ていない可能性だって、ある」
そうだ、俺は多分……良い様に解釈して、里志や伊原も俺と同じように噂話に流されていたんだ。
摩耶花「……それは無いわ」
……伊原がここまで言い切るのは、少し珍しい。
奉太郎「何故、そう思う」
摩耶花「これよ」
そう言い、伊原が手に取り俺に見せたのは……一枚の手紙だった。
いや、手紙と言うには少し文字の量が少なすぎる。
メモ、と言った所だろう。
奉太郎「……それは、千反田が書いたのか?」
摩耶花「間違いないわ、私……ちーちゃんの字は良く覚えているから」
摩耶花「私とふくちゃんもう読んだ、次は折木の番」
摩耶花「……はい」
奉太郎「……」
俺は黙ってそれを受け取った。
そこに、書いてあった内容は……
第28話
おわり
902: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:45:42.31 ID:CobecYnF0
以上で第28話、終わりとなります。
続いて第29話、投下致します。
903: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:46:12.90 ID:CobecYnF0
俺は伊原からメモを受け取り、目を通した。
そこにはいかにも千反田らしい、達筆な字でこう書いてあった。
『すいません、この様な形での挨拶となってしまいまして。』
『私は、本当に感謝しています』
『何度も私の気になる事を解決してくれて』
『私の事を、助けてくれて』
『今日の夜22時、約束のお話をします』
『あの場所で、待っています』
誰に宛てた物なのか、誰が書いた物なのか書いていないのは……多分、あいつが純粋に忘れていただけだろう。
……そういう奴だ、千反田は。
そして俺は……認めたくなかった。
こんなの、今日で終わりと言っている様で、認めたくなかった。
里志「どうするんだい、ホータロー」
奉太郎「……どうするって、何がだ」
摩耶花「あんたね、これちーちゃんが折木に宛てた物よ」
摩耶花「あの場所ってのは私達には分からないけど、あんたには分かるんでしょ」
奉太郎「……宛名が書いていない以上、決められんだろ」
里志「はは、ホータロー」
里志「いくら君でもね、それは少し……ね」
里志「僕も、さすがに怒るよ。 それは」
そう言われても、俺は……俺は!
摩耶花「……本気で言ってるの、折木」
……くそ。
904: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:46:51.73 ID:CobecYnF0
奉太郎「仮に、それが俺に宛てられた物だとしよう」
摩耶花「あんた……!」
里志「摩耶花、いいよ。 続きを聞こう」
奉太郎「……それは、俺が考える事だろ」
奉太郎「お前らには……関係無い」
本当にそんな事、思っている訳ではなかった。
……それは言い訳か、どこかで少しでも思っていたから……口に出てしまったのだろう。
里志はもう言う事が無いと思ったのか、視線を俺から外し、外を見ていた。
摩耶花「……折木」
摩耶花「これだけは言って置くわ」
摩耶花「……ちーちゃんは」
摩耶花「ちーちゃんは……私の友達だ!」
摩耶花「お前に……! お前に関係無いなんて言われる筋合いは無い!」
奉太郎「……」
こんな、こんな伊原を見るのは初めてだった。
ここまで感情を昂ぶらせ、激昂している伊原を見たのは……
905: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:47:21.44 ID:CobecYnF0
摩耶花「……あんたしか、居ないでしょ」
摩耶花「悔しいけど、あんたしか居ないのよ」
摩耶花「ちーちゃんを幸せにできるのは、折木だけなんだよ」
奉太郎「……まだ、千反田が不幸になるとは決まった訳じゃない!」
摩耶花「……っ!」
里志「ホータロー」
ふいに里志が、視線を変えず俺に声を掛けてきた。
里志「君も分かっているだろう?」
里志「千反田さんが学校を休み」
里志「そして今日、部室にメモを置いて行った」
里志「……何かが、何か良くない事が起きている事くらいは」
里志「僕や摩耶花にも分かる事なんだよ」
奉太郎「……そうか」
里志「今日はもう、帰ってくれないか」
里志「これ以上、今は君の顔を見たく無い」
奉太郎「……すまなかったな」
里志は明らかに怒っていた。
……それも、無理は無いか。
俺は最後にそう言い、部室を去る。
今日の、夜22時か。
……どうするか、だな。
906: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:47:47.44 ID:CobecYnF0
~折木家~
時刻は既に、20時を回っている。
だがどうにも俺は、行く決心が付いていなかった。
……会えば、そこで終わってしまう。
なら会わなければ?
それもまた、終わってしまうだろう。
なら……なら俺はどうするべきなのか。
そして果たして、俺が千反田に会いに行く事で……あいつは幸せになれるのだろうか。
その事が一番、俺を引き止めていた。
俺が最後の約束を破り、千反田に嫌われてしまえば……そっちの方が、あいつにとっては良い事なのかもしれない。
……ああ、そうか。
あの時の千反田は、こういう気持ちだったのか。
あいつは俺に嫌われたかったと言った事があった。
その気持ちは、今の俺には痛いほど良く分かる。
……理解するのが、遅すぎた感は拭えないが。
そんな事を自室のベッドの上で考えていたとき、急に扉が開いた。
供恵「電話よ、里志君から」
奉太郎「……せめてノックしてから開けろ」
供恵「それはそれは、申し訳ございませんでした」
そんな冗談を言っている姉貴から受話器を奪い取り、耳に当てた。
907: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:48:14.18 ID:CobecYnF0
奉太郎「……里志か」
里志「……やっぱりね、まだ家に居ると思ったよ」
里志「ホータロー、少し話をしようか」
奉太郎「……ああ、分かった」
里志「君は、今日行かないつもりなのかい?」
奉太郎「……まだ、分からない」
里志「いつまで決めあぐねているんだい?」
里志「君を待ってくれる程、時間はゆっくり動きやしないよ」
奉太郎「分かってる!」
奉太郎「……俺にもそのくらいは、分かっている。 だが……」
里志「……はあ」
里志「ホータローはさ、こう考えているんじゃないかな」
里志「今行ったとして、それは千反田さんにとって幸せなのか? とね」
奉太郎「……」
里志「沈黙は肯定と受け取るよ」
里志「やっぱりホータローは、優しすぎる」
やっぱり、とはどういう意味だろうか。
前に里志が言っていたの確か。
奉太郎「前と言っている事が違うぞ」
奉太郎「お前は俺を優しく無い、と言っていた気がするが」
里志「ああ、沖縄の時に言った事かな?」
奉太郎「そうだ、お前は確かに俺の事を優しく無いと言っていた」
里志「それは違う、僕が言いたかったのはね」
里志「自分に関して、だよ」
奉太郎「……自分に、関して?」
里志「そうさ、君は自分に対して優しく無さ過ぎる」
里志「それはつまりね、周りの人に対して優しいって事だよ」
奉太郎「……そんな事は」
908: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:48:40.45 ID:CobecYnF0
里志「あるよ」
里志「今ホータローはさ、千反田さんにとって一番幸せになれる事は何か、って考えているね」
里志「そして今ホータローが取ろうとしている行動さえも間違いだけど……」
里志「それはね、ホータロー自身に厳しすぎる選択だよ」
里志「……少しはさ、優しくなった方が良いと思うよ」
奉太郎「……本当に、そう思うか」
里志「ああ、断言できる」
里志「君は今日、会いに行くべきだ」
里志「僕から言えるのはこれだけだね、後はホータロー自身が決める事」
里志「でも今日、もし行かなかったら……」
里志「その先は、やめておこうか」
奉太郎「……そうか」
奉太郎「伊原には、悪いことをしてしまったな……」
奉太郎「今度ちゃんと、謝るよ」
里志「それは今日、ホータローの行動によるね」
里志「君が片方の選択を取れば、謝る必要は無い」
里志「だがもう一つの選択を取れば、しっかり摩耶花には謝って、仲直りして欲しいかな」
奉太郎「……ああ、分かった」
奉太郎「里志」
里志「ん? まだ何かあるのかい」
奉太郎「その、ありがとな」
里志「はは、ホータローから素直にお礼を言われるとは、僕もまだまだ捨てた物では無いかもしれない」
里志「それじゃあ、そろそろ失礼するよ」
奉太郎「……またな」
909: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:49:08.02 ID:CobecYnF0
そう言い、電話を切る。
……俺は、自分に甘えていいのだろうか。
今すぐ、会いたい。
千反田の顔が見たい、手を繋ぎたい。
声が聞きたい、笑顔が見たい。
そんな感情に、甘えていいのだろうか。
俺は一度、リビングへ行きコーヒーを飲む。
そして、ソファーに寝そべる姉貴に向け、一つの質問をした。
奉太郎「なあ」
奉太郎「例えばの話だが」
奉太郎「一人は会いたいと思っていて、もう一人にとっては……会わない方が幸せかもしれない事があったとする」
奉太郎「そんな時の事なんだが、会いたいと思っている人間が姉貴だった場合……どうする?」
供恵「何それ、何かの心理テスト?」
奉太郎「真面目に答えてくれ」
供恵「はいはい、可愛い弟の頼みだからね」
供恵「私だったら、会いに行くよ」
奉太郎「何故? もう片方はそれで不幸になるんだぞ」
供恵「それはさ、片方が勝手に思っている事じゃない?」
勝手に、思っている?
供恵「だったら会うまで分からないじゃない、それが良い方に出るか悪い方に出るかなんて」
供恵「それにね、片方にとっては会わない方が確実に不幸になるんでしょ?」
供恵「そしてその行動は、相手にとって不幸になる事かもしれない」
供恵「ならさ、会うしかないでしょ」
……はは、これはおかしい。
俺は勝手に、千反田が不幸になると思っていたのか。
全部、俺が勝手に思っていた事。
随分と俺は……俺と言う人間を過大評価していたのかもしれない。
……馬鹿なのは、俺だったか。
910: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:49:41.83 ID:CobecYnF0
奉太郎「……参考になった、ありがとう」
供恵「……なら良かった」
供恵「外は寒いからね、暖かくして行きなさい」
奉太郎「……全く、どこまで分かってるんだよ」
供恵「なあにー? 何か言った?」
奉太郎「いいや、なんでもない」
奉太郎「……行って来るよ、俺」
供恵「ふふ……良い選択よ、奉太郎」
時間は……21時。
まだ、間に合う。
約束の時間は22時……大分早いが、行こう。
それは多分、少なくとも俺にとっては幸せな選択だ。
……最後くらい、自分に甘えてもいいよな。
姉貴の言う通りにシャツを何枚か重ねて着る、上からコートを羽織り、俺は外に出た。
……うう、確かにこれは寒い。
雪でも、降るのでは無いだろうか。
時間はまだあるな、歩いて向かおう。
あの場所というのは……まあ、あそこだろうな。
911: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:50:12.66 ID:CobecYnF0
~公園~
俺は千反田との約束の場所に着き、缶コーヒーを一本買う。
そしてベンチに座り、それをゆっくりと口の中に入れた。
冬の空気と言うのは、少し好きだ。
どこか新鮮な感じがして、心が透き通る感じがするからだ。
コーヒーをもう一度口の中に入れ、ゆっくりと飲み込む。
缶コーヒーはあまり好きでは無いが……今日のは少し、美味しかった。
10分……程だろうか。
約束の時間まではまだ結構あったが、足音が一つ近づいてくるのが分かった。
それは俺が一番会いたかった人で、一番会いたくなかった人なのかもしれない。
……これもまた、千反田の気持ちと一緒か。
こんな、最後の最後になってようやくあいつの気持ちが分かるなんて、やはり俺は馬鹿だった。
だがまだ、まだ終わった訳じゃない。
俺の選択が良い方に出るか、悪い方に出るか、それはまだ決まった訳じゃないんだ。
だから、俺は足音の方へと顔を向ける。
……予想通りの人物が、そこに居た。
奉太郎「……久しぶりだな」
える「……そうですね、随分と長い間、会っていなかった気がします」
第29話
おわり
912: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:50:47.82 ID:CobecYnF0
以上で第29話、終わりとなります。
1レスの量が多いのは許してください……ひぃ
乙ありがとうございました。
914: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 22:58:51.36 ID:i9ZekBNR0
乙です
えるたそ…、ほうたろ…
次回で最終話ですか?
それにしても◆Oe72InN3/kさんの筆の速さは驚き
誰かにも見習って欲しいものですねえ…
917: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) 2012/09/29(土) 23:28:44.71 ID:hoSMsK2P0
乙です!
もう終わると思うと寂しい…。
でも、私、続きが気になります!
>>914
どこかでよねぽがくしゃみをしたような気がする
919: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 23:37:22.37 ID:i9ZekBNR0
>>917
ち、違うよ!
よねぽのことじゃないよ!
918: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) 2012/09/29(土) 23:30:42.52 ID:MQYa1qOAO
続き私、気になります
でも、それを読んでしまったら最後なんだよな
続きが気になるのも、物語の終わりを惜しむのも良い作品だからなんだろうな
最後期待してます
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- 2012/09/30(日) 20:52:00|
- 氷菓
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