763: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:18:31.29 ID:MSedhqvo0
こんばんは。
第17話、投下致します。
引用元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1349003727/
764: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:19:43.62 ID:MSedhqvo0
奉太郎「いつまで遊んでいるんだ、もう夕方だぞ」
俺は溜息を吐きながら、未だに元気良く遊びまわる奴等に声を掛ける。
と言うか、だ。
……入須までもが一緒にはしゃぐとは、思いも寄らなかった。
える「あ、本当ですね」
そんな俺の声に最初に気付いたのは、やはり千反田であった。
そして千反田の発言を聞き、残った者達も駆け寄ってくる。
里志「ごめんごめん、ついつい」
摩耶花「久しぶりに思いっきり遊べたかも」
里志と伊原はそんな事を呟いていた。
765: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:20:20.32 ID:MSedhqvo0
入須「……そうだな、良い時間になっている」
はて、良い時間とはどういう意味だろうか。
奉太郎「良い時間ですか?」
入須「ああ、一つ計画してある事があるんだよ」
計画していたにしては、随分と夢中で遊んでいた様だが……別にいいか。
える「なんでしょう……私、気になります」
入須「夏と言えば、だ」
里志「最初に思い浮かぶのは、やっぱり海ですね」
里志の言葉に、入須は頷く。
入須「次に何を想像する?」
摩耶花「えっと、花火かな?」
入須「そうだ」
766: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:20:47.54 ID:MSedhqvo0
奉太郎「ですが、花火は昨日見ていますよ」
俺の言葉を聞き、入須はまたしても頷く。
入須「他にもあるだろう?」
他に……?
里志「ああ、そうか!」
里志は気付いたのか、一人満足そうな顔をした。
入須「勿体振る必要も無いな」
入須「バーベキューだ」
確かに、夏と言えばそうか。
奉太郎「でも、材料とかは?」
入須「最初に計画していたと言っただろう、用意してあるよ」
える「さすがです、入須さん」
顔を思いっきり寄せる千反田に、入須は若干身じろぎしていた。
そんな入須の反応が新鮮で、俺はついつい口を開く。
767: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:23:01.37 ID:MSedhqvo0
~砂浜~
先ほど遊んでいた場所から少し離れた所で、バーベキューはする事となった。
今はようやく準備が終わり、休憩している所だ。
入須「すまんな、全部任せるつもりでは無かったのだが」
奉太郎「別に良いですよ、自分で言った事ですし」
入須「そうか」
入須はそれだけ言うと、設置されたグリルの方へと歩いて行った。
その姿を見送ると、俺は空を見上げる。
日は既に大分傾いており、かすかに星が光っているのが見えていた。
そんな空に気を取られて居た所で、ふいに俺に声が掛かった。
768: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:23:28.40 ID:MSedhqvo0
里志「お疲れ様、ホータロー」
奉太郎「里志か」
里志「なんだい、僕じゃ不満かい?」
奉太郎「いいや、そういう訳じゃない」
この時……俺には少しだけ、気になる事があった。
それを里志にぶつける。
奉太郎「昨日は、どうだった?」
里志「昨日と言うと……花火大会かな?」
奉太郎「ああ、伊原と二人で見たんだろう?」
幸い、砂浜から少し離れた場所で話している俺と里志の声は、料理を作っている千反田、伊原、入須には聞こえないだろう。
769: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:24:02.53 ID:MSedhqvo0
里志「僕は皆で見たかったんだけどね」
里志はそう前置きをすると、話し始める。
里志「摩耶花がどうしても二人で見たいって言うからさ」
里志「ホータローには悪いと思っているよ、入須先輩の事は苦手だろう?」
気付いていたのか、まあそれもそうか。
奉太郎「確かに苦手ではあるが……」
奉太郎「それは嫌いという事に繋がる物でもないさ」
里志「それならいいんだけど」
里志「僕は、花火が遅れた事に少しだけ感謝しているんだよ」
770: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:24:31.69 ID:MSedhqvo0
奉太郎「感謝? 何でまた」
里志「色々、摩耶花と話せたからね」
里志「花火が始まってたら、そっちに気を取られてそれ所じゃないよ」
奉太郎「なるほど……そうか」
里志と伊原にも、色々とあるのだろう。
その話の内容まで聞くのは、俺の趣味では無い。
里志「それより、驚いたよ」
奉太郎「驚いた?」
何か驚く様な事でもあっただろうか……?
大会が遅れた理由をしれば、恐らく……驚いた、と言うだろうが。
生憎、里志はその理由を知らない。
そんな俺の考えに答えを出すより、先に里志が口を開く。
771: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:25:03.10 ID:MSedhqvo0
里志「ホータローが、そんな事を聞いた事にさ」
……何か、おかしな事でも聞いたのか。
奉太郎「別に、変な事は聞いていないと思うんだが」
里志「うん、その通りだよ」
何だ、からかっているのか。
奉太郎「からかうのはやめてくれ、疲れているんだ」
里志「そういうつもりでは、無いよ」
奉太郎「……なら、どういうつもりで?」
里志「それを聞いてきたのが、ホータローだったからだよ」
里志「普通の、例えば千反田さんとかが聞いてくるのなら、分かるよ」
里志「でも、それを聞いてきたのがホータローだったってのが、僕にとって意外だったのさ」
772: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:25:29.30 ID:MSedhqvo0
……言われてみれば、そうかもしれない。
奉太郎「少し、気になっただけだ」
奉太郎「深い意味なんて無い」
里志「それだよ、何で深い意味は無いのに聞いたんだい?」
何だ、そんなおかしな事だろうか?
奉太郎「お前は意味の無い質問に、そこまで言うのか」
俺がそう言うと、里志は首を横に振る。
里志「ごめん、言い方が悪かったかもしれない」
里志「手短に言うよ、その方が好みだろう?」
里志「何で君は、しなくてもいい質問をしたんだい?」
773: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:27:54.48 ID:MSedhqvo0
……ああ、そうか。
確かにそうだ、俺がした質問は、完全に意味の無い質問である。
昨日、里志と伊原がどうして居ただなんて、知っても何も起きないじゃないか。
なら、どうして俺はそんな質問を?
奉太郎「……そういう事か」
里志の言っている意味が分かり、口からそう漏れた。
豆鉄砲でも食らったかの様に目を開いている俺に向かって、里志は言う。
里志「ま、ホータローも随分と変わったよ」
里志「それじゃあそろそろ、焼けてきたみたいだし、行くね」
最後にそう言うと、里志は入須達の下へと小走りで向かって行った。
奉太郎「変わったのか、俺が」
774: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:29:11.71 ID:MSedhqvo0
去年も確か、里志とは似たような事を何度か話している。
今改めて聞いて、俺は思った。
変わった、と。
……元を辿れば、最初からだ。
入須の誘いを断固拒否する事だって出来た。
俺は最初、千反田が絡んでくると省エネが出来ないと思っていた。
しかしそれは、多分違う。
別荘に行こうと入須が言った時、あの時は千反田が居た。
だが、花火大会へ行こうと、入須が別荘で寝る俺に言った時、断る事は出来た筈だ。
何故、断らなかったのだろうか。
それがもしかすると、俺が変わったと言う事なのかもしれない。
……なら、そのきっかけは?
775: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:29:44.66 ID:MSedhqvo0
やはり、千反田だろう。
あいつに振り回され、俺は変わったのか。
だがそれでも、そこまで急激な変化がある物だろうか?
……ああ、あれか。
俺の頭に思い出されたのは、去年の暮れの事である。
……あの時程、自分のモットーを呪った事等無かった。
そんな体験が恐らく、俺の中の省エネと言う物を、消そうとしているのかもしれない。
しかしまだ、それに答えは出せそうに無かった。
える「折木さん、食べないんですか?」
急に声が聞こえ、我に帰る。
776: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:30:11.00 ID:MSedhqvo0
奉太郎「千反田か」
える「横、座ってもいいですか?」
奉太郎「ああ」
そう俺が答えると、千反田は嬉しそうに笑い、俺の横に腰を掛けた。
える「はい、どうぞ」
そう言いながら千反田が差し出したのは、肉や野菜が乗っている皿だった。
奉太郎「……ありがとう」
俺はそう言い、その皿を受け取る。
える「どうでした、今回の旅行は」
奉太郎「……」
奉太郎「まあ、楽しかった」
777: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:31:39.21 ID:MSedhqvo0
える「ふふ」
える「私も楽しかったです」
える「花火を最初から見れなかったのは、残念ですが……」
奉太郎「別に、また違う場所で花火はあるだろ」
える「そうですよね、今度もし見る時は、最初から見たいです」
奉太郎「ああ」
える「それで、ですね」
千反田は少し恥ずかしそうに、口を開く。
える「あの、今度見る時は、一緒に見てくれませんか?」
奉太郎「……驚いた」
える「え、驚いたとは?」
778: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:32:21.37 ID:MSedhqvo0
奉太郎「俺も、同じ事を考えていた」
える「そ、そうでしたか! それなら今度、見ましょうね」
奉太郎「……二人でか?」
える「え、ええ。 そのつもり……ですが」
奉太郎「なら、それも俺と同じ考えだ」
える「ふふ、今日の折木さんは、何だか素直ですね」
それではまるで、いつもの俺が素直では無いみたいじゃないか。
奉太郎「冗談だと、言ったらどうする」
える「え、そうだったんですか……?」
本当に心配そうな顔をする千反田を見ていると、これは悪い事をしてしまったと思う。
露ほどにも、冗談だとか等、思っていないのだ。
俺はそんな千反田の視線を避ける為、顔を前に向け、口を開く。
779: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:33:08.22 ID:MSedhqvo0
奉太郎「すまん」
奉太郎「今度、見に行こう」
える「……ふふ、喜んで」
横にちらりと視線を移すと、千反田の笑顔があった。
俺はこの瞬間……千反田の顔を見た瞬間、はっとなる。
気付いたのだ、何故さっき、俺の省エネ主義に答えを出せなかったのかを。
もっと早く、そんな事より優先的に答えを出さなければいけない問題があるからだ。
それはつまり……
える「どこかいい場所とか、ありますか?」
こいつとの、関係である。
780: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:34:28.63 ID:MSedhqvo0
奉太郎「あの公園……あそこなら、確か見れる筈だな」
はっきりさせなければ、駄目だろう。
俺は呑気に、今年中にと考えていたが……これは俺だけの問題では無いのだ。
千反田も多分、考えている問題だろう。
ならばそんなゆっくりと、考えている暇は無さそうだ。
俺はもしかすると、気付かなければ駄目な……一番気付かなければ駄目な事に、気付けたのかもしれない。
それはこの旅行で、一番大きな収穫だった。
奉太郎「……夏か」
える「今日の折木さんは、なんだかおかしいですね」
える「今は夏ですよ」
781: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:35:09.92 ID:MSedhqvo0
奉太郎「何でも無い……そうだな、今は夏だ」
夏が終わる前に、答えを出そう。
それが今考えられる、最短の時間であった。
える「あ、入須さん達が呼んでいますよ」
える「行きましょう、折木さん」
そう言いながら、千反田は立ち上がり、俺に手を差し出す。
奉太郎「……いや、俺は」
もう少し物思いに耽りたかったが、それを許してくれる千反田ではなかった。
える「行きますよ! 折木さん!」
奉太郎「……ああ」
俺はそう言い、差し出される千反田の手を掴んだ。
第17話
おわり
782: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:35:37.26 ID:MSedhqvo0
以上で第17話、終わりとなります。
続いて第18話、投下致します。
783: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:36:10.64 ID:MSedhqvo0
8月の半ば、俺は今千反田の家へと来ていた。
理由はそう、まだ分からない。
分からないと言うのも変な話だが、千反田から家に来て欲しいと言われ、特にする事も無かったので来ただけの俺に分かる訳も無い。
奉太郎「それで、この暑い中わざわざ来たんだが」
奉太郎「何の用事だったんだ」
える「……ええっと、何でしたっけ」
おいおい、まさか忘れたとでも言うのか。
奉太郎「来て早速だが、帰っていいか」
える「だ、だめです!」
える「あの、ちょっと待っていてください」
そう言うと、千反田はどこかへと小走りで行ってしまった。
……何だ、しっかりと覚えているじゃないか。
784: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:36:41.68 ID:MSedhqvo0
それから数分待たされ、千反田は戻ってくる。
両手には何やら大きなケースの様な物を抱えていた。
える「お待たせしました!」
奉太郎「随分大きな物だな」
える「ええ、中身が気になりますか?」
奉太郎「……いや、別に」
える「気になりますか?」
奉太郎「いや、だから」
そこまで言うと、千反田は俺の肩を掴み、顔をぐいっと近づける。
える「気になりますよね!」
奉太郎「……そ、そうだな」
785: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:37:07.21 ID:MSedhqvo0
える「ふふ、分かりました」
ほぼ強制的に気になる事にされ、千反田はとても満足そうだった。
そしてそんな顔をしたまま、ケースを開く。
える「これです!」
そう言い、千反田が取り出したのは……浴衣?
奉太郎「それは、浴衣か?」
える「はい、そうです」
奉太郎「……えーっと」
俺が呼び出された理由と、今千反田が持っている浴衣、何か繋がりがあるのだろうか?
もしかしたら、突然呼ばれ、浴衣を出されると言う事に、俺が知らない理由があるのかもしれない。
786: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:37:46.74 ID:MSedhqvo0
奉太郎「……」
とりあえず、良く分からないが頭を下げてみた。
える「あの、どうしたんですか?」
あれ、違うか。
奉太郎「……俺が馬鹿なのか分からないが、それと俺が呼び出された理由、どういう意味があるんだ」
える「お祭りに行きましょう!」
……つまりは、この浴衣は特に出した目的は無かったと言う事だろうか。
奉太郎「電話で言えば良かったんじゃないか」
える「まあ、そうなんですが……」
える「……折木さんに、浴衣を見て欲しかったんです」
奉太郎「その……それは祭りの時に見るんだから、今見せる物でも無いだろ」
俺は千反田の事をまともに見る事が出来ず、視線を逸らしながら答えた。
787: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:38:13.42 ID:MSedhqvo0
える「本当ですか!」
奉太郎「え、何が」
える「お祭りに行くと言う事がです」
あれ、俺は祭りに行くなんて言ったっけ。
……ああ、祭りの時に見ると言ったのが、そう解釈されたか。
奉太郎「まあ……構わんが」
しかし、俺には特に断る理由は思い当たらなかった。
える「ふふ、良かったです」
里志や伊原、千反田に何か言われなければ、特にやる事の無い夏休みだ。
別に祭りくらい、行っても大して変わらないだろう。
788: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:38:41.74 ID:MSedhqvo0
奉太郎「それで、祭りはいつ?」
える「明日です」
奉太郎「急だな」
える「私も、知ったのが今日だったので」
奉太郎「千反田が? 珍しいな」
奉太郎「てっきり神山市の行事は、全部知っている物だと思っていた」
える「ええ、知っていますよ」
奉太郎「……えっと」
前にも確か、こんな感じの事があったな。
話が噛み合っていない……俺の言葉から、何か分かる筈だ。
奉太郎「ああ、そうか」
奉太郎「神山市の祭りでは、無いのか」
789: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:39:10.95 ID:MSedhqvo0
える「そうです」
つまりはまた、ここから離れて遠出すると言う事になる。
ま、別にいいか。
奉太郎「遠いのか?」
える「歩いて行ける距離ですよ、安心してください」
……千反田の歩いて行ける距離と言うのが、少し怖いが……いいだろう。
奉太郎「じゃあ、明日は夕方くらいに来ればいいか?」
える「ええ、案内しますので、私の家に一度来てください」
奉太郎「了解、それじゃ今日はこれで」
そう言い、立ち上がる俺の腕を千反田が掴む。
790: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:40:11.74 ID:MSedhqvo0
奉太郎「……まだ何かあるのか」
える「折角来たんです、お話でもしましょう」
奉太郎「いや、今日は用事がだな……」
える「あるんですか?」
奉太郎「……無い」
える「なら、大丈夫ですね」
やはり無理矢理にでも電話で済ませるべきだっただろうか。
える「お昼は私が作るので、心配しなくても良いですよ」
……そうでも無いか。
奉太郎「ああ、分かったよ……」
俺はそう言いながら、再び座る。
791: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:40:47.02 ID:MSedhqvo0
奉太郎「それで、話と言ってもする話はあるのか?」
える「ええ、少し」
何だろうか、千反田としなければいけない話は……
あるにはある、だが多分、その話では無いか。
える「私が、家の仕事を後回しにした理由です」
奉太郎「……そうか」
なるほど……それは俺も気になっており、何度も聞こうとした。
聞こうとしただけで、実際には一度も聞いていなかったのだ。
える「私は、大学に進む事を選びました」
える「何故か、分かりますか?」
奉太郎「……すまんな、分からん」
792: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:42:18.15 ID:MSedhqvo0
える「謝らないでください」
える「私がその道を選んだのは……停滞したかったからです」
停滞……?
える「停滞と言うよりは、回り道と言った方が正しいかもしれません」
える「すぐにでも、家の仕事に就くことは出来ました」
える「父の事も考えると、それが一般的には良い選択なのかもしれません」
える「ですがそれでも、もう少しだけ……外を見たいと思ったんです」
奉太郎「外……か」
える「ええ」
える「今は一度、足を止めたかったんです」
える「そして、思ったんです」
奉太郎「……」
俺は静かに、千反田の話に耳を傾けていた。
793: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:42:45.57 ID:MSedhqvo0
える「足を止めて世界を見れば、折木さんの生き方を学べるかもしれないと」
奉太郎「……俺から学ぶ物なんて、無いだろうに」
える「そんな事ありませんよ」
える「折木さんは、私に無い物を……沢山持っていますから」
そんなのは、俺にとっても同じだ。
千反田は……俺に無い物を、沢山持っている。
奉太郎「それで選んだのが、停滞か」
える「はい、そうです」
える「足を止めたら、折木さんとは少し……距離が開いてしまうかもしれません」
える「ですがそれでも、一度見直したかったんです」
……そう言う事だったか。
794: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:43:13.05 ID:MSedhqvo0
しかし何か、引っ掛かる事がある。
だがそれを考えるのはあれだ、今じゃない。
今するべき事は、千反田の話に耳を傾ける事だろう。
える「間違いだと、思いますか」
奉太郎「……俺からは、何とも言えないって言うのが正直な感想だ」
奉太郎「それが正解だったか、間違いだったか、なんて物は後にならなきゃ分からないからな」
える「……そうですよね」
奉太郎「だがな」
奉太郎「俺は、お前の選択を信じたい」
奉太郎「正解であると、信じたいんだ」
奉太郎「そのくらいなら、別に良いとは思わないか」
795: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:43:38.88 ID:MSedhqvo0
える「……ありがとうございます」
える「やはり、折木さんには何でも話してみるべきですね」
そこまで過大評価されてしまっては、困る。
える「それで、折木さんはどの様な選択をするんですか?」
える「あ、答えたく無ければ、大丈夫です」
奉太郎「……俺か」
俺は、どうしたいのだろうか。
千反田はやはり、俺とは住む世界が全然違う。
まずそもそも、俺にそんな選択をする機会などあるのだろうか。
奉太郎「まだちょっと、分からないな」
奉太郎「……自分の事は難しい」
796: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:44:16.78 ID:MSedhqvo0
える「ええ、そうですよね」
千反田はそう言いながら笑っていたが、ならばお前はどうなんだ。
自分の事を理解して、自分の信じる選択をしたお前は。
……こいつは、凄い奴だな。
それが、俺の感じた正直な感想であった。
奉太郎「……そろそろ昼だな」
える「お腹が減りましたね」
える「ご飯、作ってきますね」
千反田は笑顔で俺にそう言うと、台所へと向かって行った。
さっきの言葉……勿論、千反田の。
奉太郎「俺がどんな選択をするか、か」
俺には別に、先ほども考えた様に、千反田の様な選択が訪れる事は無いだろう。
797: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:44:51.58 ID:MSedhqvo0
それは千反田も良く分かっている筈だ。
なら、さっきの言葉は恐らく……
俺と千反田の、関係の事だろうか。
……それしか、思い付かない。
奉太郎「……悪いな」
聞こえている筈も無く、一人俺は呟いた。
奉太郎「もう少しなんだ」
奉太郎「……待たせてばかりだな、俺は」
798: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:45:21.37 ID:MSedhqvo0
ああ、まずいまずい。
気分が暗くなってきてしまっている。
……家に帰ったら、もう一度ゆっくり考えよう。
千反田の前で、あまり暗い顔はしていたくない。
あいつは多分、それに気付くだろうからな。
里志風に言うと、今を楽しむべき。
……よし、もう大丈夫だ。
俺はそう思い、立ち上がる。
そして、そのまま台所へと向かった。
799: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:45:49.99 ID:MSedhqvo0
~台所~
奉太郎「悪いな、飯まで作ってもらって」
俺は料理を作る千反田の背中に声を掛けた。
える「いえ、いいんですよ」
える「私が最初にお呼びしたので、このくらいやらなければ罰が当たってしまいます」
千反田は俺の方には顔を向けず、料理を作りながら話していた。
奉太郎「……何か手伝う事はあるか」
える「お料理に興味があるんですか?」
奉太郎「……そういう訳では無いが」
える「そうですか、折木さんが作るご飯に、私は少し興味があります」
奉太郎「……機会があればだな」
800: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:46:16.49 ID:MSedhqvo0
とは言って見た物の、料理なんてまともに作った事すらない。
ま、そんな機会は来ないだろう。
える「ええ、楽しみにしておきます」
俺は千反田の言葉に軽く返事を返すと、適当な席に着いた。
……明日は祭りか。
俺は別に……適当な服でも着ていけばいいか。
あれ、そういえば。
奉太郎「なあ」
える「はい、なんでしょう?」
奉太郎「明日、祭りが終わった後に用事とかあるか?」
801: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:47:13.70 ID:MSedhqvo0
える「いえ、特に無いですが」
奉太郎「それなら、公園に行かないか」
俺がそう言うと、今までずっと俺に背中を向けたままだった千反田が振り返った。
急に千反田の顔が見えた事で、俺はつい視線を外す。
える「折木さんからお誘いがあるのは、随分久しぶりな気がします」
奉太郎「……そうだったかな」
える「いいですよ、行きましょう」
える「ですが、何故急に?」
奉太郎「ああ……」
奉太郎「明日、あそこから花火が見れるのを思い出したんだ」
奉太郎「行きたいと言ってただろ、二人で」
俺は結局、千反田に顔を向けられないまま、そう言う。
802: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:47:41.36 ID:MSedhqvo0
える「……」
しかし千反田から返事が無かったので、数秒の後そちらに視線を移した。
える「……そ、そうでしたか」
俺の視線を受けた千反田は、再び俺に背を向けると、料理を始めた様だ。
いくらか恥ずかしそうにしている千反田を見て、俺もなんだか恥ずかしくなる。
……調子が狂うな、全く。
それよりも、明日。
俺も少し、頑張らないとな。
……果てして、少しで済むかどうかは分からないが。
第18話
おわり
803: ◆Oe72InN3/k 2012/10/28(日) 19:48:09.67 ID:MSedhqvo0
以上で第18話、終わりとなります。
乙ありがとうございました。
806: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) 2012/10/28(日) 22:00:37.23 ID:oYAJcU8A0
おもしれぇえええええ
次を早くだすんだ!
809: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) 2012/10/28(日) 23:05:50.95 ID:qXeEHHkAO
乙!!
奉太郎、以前より足が軽くなったな。二人の距離が近くなったからこそ、かな!
物語もだんだんと核心に近づいている・・・!!
奉太郎、頑張れ・・・!
813: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/29(月) 18:02:18.40 ID:YlpS2AeK0
いよいよか!
815: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/29(月) 23:54:07.20 ID:577EU5CO0
フラグ回収が近いな···
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- 2012/10/30(火) 21:59:12|
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